バチルス系バクテリア剤と有機物分解バクテリア

アクアリウム一般においてバチルス属細菌や乳酸菌などは有機物を分解する有用なバクテリアとして紹介されています。これらは水槽内のミクロフローラ(微生物叢)を構成する重要な存在でもあります。

これらのバクテリア達は漠然と「有機物を分解する」と紹介されることが多いですが、その具体的な内容に触れた説明も少ないため「本当に効果あるの?」と疑問に思われている方も少なくないかと思います。

今回はバチルス属細菌をはじめとした有機物分解バクテリア、特にバクテリア剤として販売されているバクテリア達のリーフタンクにおける役割について触れていきます。

アクアリウムにおけるバチルス属細菌

バチルス属の細菌は枯草菌(Bacillus subtilis)をはじめ、納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)が属するグループとして知られています。さまざまな種類が属する大きなグループであり納豆菌をはじめ有用な菌種も多いですが、一方で炭疽菌やセレウス菌など病原性を持つ種類も危険な種類も知られています。

大きな特徴として芽胞という環境変化に非常に強い形態をとり、通常の形態でも高い耐塩性や高温耐性を持っている種類も多く知られています。基本的には好気性の種類が多く占めますが、一部に酸素のない環境でも生きられる通性嫌気性の種類もいます。

バチルス属細菌は他の細菌類に対する抑制能力が高いものも多く、日本酒の醸造を行う杜氏は醸造期間中は納豆を食べないという話も有名です。

水槽内におけるバチルス属細菌の役割は、主に好気領域におけるデトリタスの分解病原性細菌に対する抑制です。
(※以下、バチルス属細菌をバチルス菌と表記していきます。)

さまざまな種類の有機物分解菌

バチルス菌以外の有機物分解菌では乳酸菌やビフィズス菌などがよく使われています。
乳酸菌は通性嫌気性細菌となる種類が多く、酸素のある好気領域と無酸素の嫌気領域の両方で生きられます。

一方でビフィズス菌は偏性嫌気性細菌が多く、酸素への耐性がないので好気領域では生きられません。
※マリンアクアリウム用に使われるバクテリアはそれぞれ耐塩性を持つ種類が使われています。

底砂やライブロック表面における、有機物分解バクテリアの種類と活動領域の違い

海水水槽では微生物による酸素消費が激しいことから、小さな水槽であっても場所によって酸素豊富な好気領域と酸素が届かない嫌気領域が分かれやすくなっています。

特に水流の影響は大きく、水がよく動いている場所は常に酸素が豊富な領域になりますが、ライブロックの陰など水流が滞る場所は溶存酸素量が少ない低酸素領域になりやすい傾向があります。

ライブロックの陰など、水流が滞る場所は酸素が不足しやすくなります

水槽内の微生物バランスを健全に機能させるには、そういった環境に応じた有機物分解菌の存在を理解することが重要になってくるのです。

水槽内における有機物分解バクテリアの役割

では、水槽内における有機物分解バクテリアの具体的な役割とはどんなものでしょうか?
文字通りの有機物の分解が主な役割となる訳ですが、単純に水質浄化の作用だけではありません。

リーフタンクにおける有用な役割としては大きく分けて3種類ほどになります。
それは「有機物の分解」を筆頭に「有害菌の抑制」、そして「有機炭素の変換」を担っています。

それぞれについて解説していきましょう。

有機物の分解

まずは有機物の分解。
ひとくちに有機物といってもその種類は幅広く存在します。

まず挙げられるのが残り餌に含まれるタンパク質や脂質。
そして繊維質と呼ばれる難分解性の多糖類などがあります。

バチルス菌はタンパク質や脂質だけでなく、デトリタスの元となる繊維質を分解します。
この繊維質を分解できる能力はバチルス菌以外に、先述の乳酸菌やビフィズス菌なども持っています。

一般的に有機物はタンパク質や脂質は多くの細菌類が栄養源として分解していきますが、繊維質は一般的な細菌類が分解しにくい難分解性の多糖類でできています。フィルター内や底砂内にデトリタスが沈殿していくのは、この分解されにくい繊維質を核としているためです。

つまり、バチルス菌などの繊維質を分解可能なバクテリアが豊富に存在している環境ではデトリタスの分解も進むようになるのです。そして、このデトリタスの分解能が後述の「有機炭素の変換」に繋がります。

有害菌の抑制

水槽内における有機物分解バクテリアの重要な働きとして、有害菌の抑制も挙げられます。
海水水槽における有害菌とは主にビブリオ属の細菌(※以下、ビブリオ菌と表記)です。

ビブリオ菌は海水中においては常在菌であり、生物の死骸などを分解する重要な存在でもあります。
しかし一方で強力なタンパク質分解能力を持つため、体力が落ちて免疫が低下した生物にとっては致死的な恐ろしい存在にもなります。

体力があり免疫が充分であれば一般的な海水中に存在するビブリオ菌に感染することはありません。
しかし、健康な状態でもビブリオ菌が大量に存在する環境では感染しやすくなってしまうのです。

そこでビブリオ菌の増殖を抑制する存在として、バチルス菌や他の有機物分解バクテリアの存在が需要になります。

バチルス菌がビブリオ菌を抑制するメカニズムとしては、まずひとつに「栄養源の競合」があります。
ビブリオ菌はタンパク質や脂質を分解する細菌ですが、バチルス菌も同様にタンパク質と脂質を分解します。

そしてもうひとつの抑制メカニズムはバチルス菌による「殺菌作用」です。
バチルス菌にはリゾチームという溶菌効果のある物質を生成する能力があり、それらの作用によって他の細菌類を排除しようとします。

バチルス菌によるビブリオ菌の抑制イメージ図
「栄養源の競合(独占)」と「リゾチームによる殺菌」によりビブリオ菌を抑制します

醸造所で納豆食が禁忌になるのは、このような納豆菌の作用によって麹菌が駆逐されてしまうことによります。

強力なプロテインスキマーを使用していればビブリオ菌の異常増殖はある程度抑えることはできますが、水槽内のライブロック表面や底砂に付着したビブリオ菌までは排出することができません。

水槽導入直後の体力が落ちたサンゴや海水魚がいる水槽でRTNやビブリオ病の発症が心配なときには、バチルス系バクテリア剤の使用によって発症を抑えることができるかもしれません。

Bacillus pumilusを含んだ複合バクテリア剤
「アズー ウルトラバイオガード」

有機炭素の変換役

3つめの重要な役割としては「有機炭素の変換役」ですが、これは先述のデトリタス分解能と繋がるものになります。デトリタスの核となっている繊維質、つまりセルロースなどの難分解性の多糖類を分解することができる能力はバチルス菌だけでなく乳酸菌や酪酸菌、ビフィズス菌なども持っています。

デトリタスの核になっている繊維質が分解されると、他の細菌類が利用しやすい形の多糖類などに変換されていきます。そうして繊維質が分解されていく過程で酢酸などの短鎖脂肪酸が生成され、脱窒菌やポリリン酸蓄積細菌(PAOs)のエネルギー源として利用されるようになります。

有機物とデトリタスが分解される過程の、大まかなイメージ図
※実際にはさらに複雑な流れになっています

つまり、リーフタンク内における脱窒や脱リンにも繋がっていくのです。
これはバチルス菌などの有機物分解バクテリアの作用だけによるものではなく、繊維質が分解されることによって他のバクテリアが資化できる物質に変換されていくというサイクルが作られることが重要になります。

炭素源の使用なしで安定した脱窒や脱リンが行われるようになるまでに時間がかかるというのは、脱窒菌やPAOsだけではなく様々な種類のバクテリア、それも好気領域と嫌気領域両方のバクテリアが相互に関係するサイクルの構築が必要だからなのです。

バチルス菌をはじめとしたデトリタス(繊維質)を分解できる有機物分解バクテリアは、水槽内の物質循環を手助けし海水魚やサンゴなどが健康に生きることができる環境を支える重要な存在でもあるのです。

まとめ

今回はバチルス菌に主軸を置いた有機物分解バクテリアについて、その入り口にあたる部分を解説してみました。
海中における繊維質を含む有機物の分解については、実際にはさらに多様なバクテリア達が関わっています。

そしてアクアリウムにおけるバクテリア剤は現在も硝化細菌のイメージだけが強く、バチルス菌などの有機物分解バクテリアの効果については焦点が当てられ機会はあまり多くありません。

ところがサンゴ中心のリーフタンクでは脱窒や脱リンなど嫌気ろ過を活用するろ過システムが主流となり、それを上手く機能させることが命題となってきました。鍵となるものは脱窒菌やポリリン酸蓄積細菌(PAOs)といった、栄養塩を還元させたり循環させるバクテリア達を有効に機能させることです。

そのために必要なのは、水槽内の微生物叢(マイクロバイオーム)のサイクルを健全に整えることが求められます。

バチルス菌を含む有機物分解バクテリアを中心としたバクテリア剤も魔法のアイテムではないので、それを使うだけで問題を全て解決することはできません。

ですが、微生物生態系のサイクルを上手く回すための一助として機能します。
その機能は主に「デトリタス(繊維質)の分解」と「病原性細菌(主にビブリオ菌)の抑制」となります。

海水魚のビブリオ病やサンゴのRTNといった病気や、デトリタスが多く溜まってしまうようであれば是非これらの有機物分解バクテリア剤を使ってみてください。

アクアリウムにおける他のバクテリアの働きについてや、リーフタンク内におけるバクテリアを介した物質循環についても解説を予定しています。

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