リーフタンクをキープするにあたって水質維持だけでなく、サンゴの成長にも関わる重要な存在である炭酸塩。水質維持の要となる大切な要素ですが、そのすべてを語るとなると非常に長く難解な話になってしまいます。
そのため、KHについては複数回の記事にて解説をお送りします。
今回はその基礎の部分について触れていきましょう。
目次
KHとはなにか?
アクアリウム一般においてKHは炭酸塩硬度を表した数値として説明されています。
しかし、アクアリウム用のKH試薬は炭酸塩「硬度」を計るものではありません。
アクアリウム用のKH試薬は本来アルカリ度という単位を計るものなのです。
このあたりは非常にややこしい話になっているため、順を追って説明していきましょう。
余談ですが、炭酸塩硬度は海外ではCarbonate Hardnessと呼ばれています。
これのドイツ語表記がKarbonathärteで、その略称としてKHが使われているのです。
KHと【水のアルカリ度】
KHはその和訳から炭酸塩硬度と表記されることが多く見られます。
実際には水のアルカリ度と呼ばれるものを元に算出したものがKHの値になります。
水のアルカリ度とは、水中に含まれる酸性物質を中和する能力、つまり「緩衝能」を示す指標です。
主に炭酸イオン(CO₃²⁻)や炭酸水素イオン(HCO₃⁻)などの弱電解質の陰イオンが関与しており、これらの総量を炭酸カルシウム(CaCO₃)に換算して数値化します。
つまり、硬度という言葉が表すカルシウムとマグネシウムの量そのものではなく、酸を中和できる物質の量を示しています。ここがややこしい誤解を生みやすいところにもなっています。
さらに水のアルカリ度には炭酸塩以外の緩衝物質も含まれるため、KHと完全に一致するわけではありません。
人工海水を含めた海水中には水酸化物イオン(OH⁻)とホウ酸イオン(B(OH)₄⁻)なども含まれており、これらも水のアルカリ度に含まれます。

これらは炭酸イオンと炭酸水素イオンに比べればごく微量であることから、実質的にはKHが表すのは炭酸塩の量と見ることもできます。アクアリウムにおける扱いとしては「KH≒炭酸塩の量」という捉え方でも問題ありません。
ただし、KHが示すのは水のアルカリ度に基づいた「炭酸塩の量の目安」であり、必ずしも炭酸塩の厳密な量を正確に表しているわけではない、という点は留意しておく必要があります。
リーフタンクにおける炭酸塩の役割
アクアリウムにおいてKHは「水中に含まれるおおよその炭酸塩の量を表した目安」として見ることができます。
では、リーフタンクにおける炭酸塩の役割とは何なのでしょうか?
ここからはそれについて触れていきましょう。
pHの調整役
まず第一の役割としてはpHの調整役です。
炭酸塩には酸性の物質を中和する働きがあり、これを緩衝能(バッファー)と呼びます。
炭酸塩は「弱電解質の酸(炭酸)+強電解質の塩基物質」の組み合わせであることから、「強電解質の酸」と反応する性質があります。
海水水槽内では炭酸塩は炭酸水素カルシウムや炭酸水素マグネシウムなどの割合が多く、pH低下の主要因となる硝酸イオンやリン酸イオンと結びついてpH6~7付近に抑えてくれます。
※淡水水槽ではカルシウムやマグネシウム以外の炭酸塩(主に水草用液肥由来の炭酸水素カリウム)の比率が増えます。
この性質のおかげで急激なpHの低下を防いでくれるのです。
炭酸塩の量が下がると、pHの急激な上下変動が起こりやすくなり、海水魚のpHショックやサンゴの環境ストレス増大に繋がることになります。
サンゴと藻類、バクテリアの栄養源(炭素源)
炭酸塩の役割は、一般的なマリンアクアリウムの水槽ではpHの調整役が主になりますが、リーフタンクではさらに重要な役割が出てきます。それは藻類やバクテリアの炭酸源となることです。
サンゴの体内には褐虫藻が共生していますが、この褐虫藻を含めた藻類はCO2だけでなく、炭酸塩を取り込んで光合成に利用することができます。

サンゴの育成においてKHを高めで維持することの理由は、炭酸カルシウムの骨格形成を促進させるだけではありません。褐虫藻の光合成を活発化させてサンゴへ供給される栄養(多糖類、アミノ酸、脂肪酸など)の量を上げることにも繋がります。
また、炭酸塩はバクテリアによっても消費されます。
一例として、硝酸塩を窒素に還元する脱窒菌は、還元を行う際に炭酸塩を炭素源として使用することが知られています。
このように炭酸塩はサンゴや藻類、バクテリアなどによって日々消費されていきます。
ですが、だからといってむやみにKHを上げればいいというわけではありません。
水槽内の環境やサンゴの状態によってはKHの上昇によって引き起こされる弊害も存在します。
リーフタンクにおいてのKHの目安
以前は、ミドリイシなど成長が早く炭酸カルシウムの消費が激しいSPS中心の水槽では10以上の高めでKHを維持することが推奨されていました。しかし、近年ではその条件が見直され「8以下に抑える」設定が主流となっています。
SPS中心の水槽
ミドリイシなどSPSを中心としたリーフタンクで重要なのは、単純にKHの量を上げることよりも「SPSの成長により消費される分量を適度に供給してKHの変動を最小限に抑える」ということです。
特にミドリイシの大多数は水質の急変が極めて少ない貧栄養の海域に適応しています。
そのため、KHの値が急激に上下するような環境ではミドリイシにとって非常に大きなストレスがかかります。
そして特に注意しなければならないのが「色素の薄いものや褐虫藻の抜けたものは高KH環境ではダメージを受けてしまう」という点です。

KHが9を超える高KH環境では褐虫藻の光合成が活発化しますが、同時に光合成由来の活性酸素が大量に発生するようになります。蛍光色素(FP)や非蛍光色素(CP)が発達し、色の濃いものであれば活性酸素への防御力が高く耐えることができますが、色素が薄く白化したものは活性酸素によるダメージが現れてしまいます。
いわゆる強光障害(光阻害)と呼ばれる症状がこれに該当します。
白化や褐色化したミドリイシは活性酸素への耐性が低い状態になってしまっているため、色の出ていないミドリイシを養生するにはKH6前後を目安として8を超えないように管理しましょう。
ミドリイシの状態が上がって色(特に蛍光グリーン)が出てきたら徐々にKHを9以上に上げていくと成長を加速させることができるようになります。とはいえ、ミドリイシはKHの急上昇を嫌うため、順化には1~2週間ほどかけてKHを1上げる程度を目安にしましょう。
水質の安定した環境でありつつミドリイシが要求する元素の補充を考慮した場合、ドーシングポンプ併用のカルシウムリアクターや「KH Carer」などのKHコントローラーを用いるのが理想的です。
LPS、ソフトコーラル中心の水槽
LPSやソフトコーラルの仲間は河口域に近い栄養が豊富な海域に生息しているものが多く、こういった環境では河川からの淡水の影響を受けることがあるためKHの変動にも強い傾向があります。
それでもKHが高いと強光障害が起きる可能性があるため、共肉の痩せたLPSがいる水槽ではKHを9より上げてしまうのは避けたほうがよいでしょう。
基本的にはミドリイシなどに比べてKHの変動にはそれほどうるさくありませんが、それでも急激な変化は望ましくないため1日あたりの変化は1dkHまでに留めておきましょう。

まとめ
今回はKHの概念とサンゴ水槽における基礎の部分について触れました。
本記事の項目をじっくりと解説すると、それだけでひとつの記事が書けるほどになってしまうので、今回はサンゴ飼育初心者に向けたファーストステップとして、そのさわりの部分についてのみ留めています。
押さえるポイントは、アクアリウムにおけるKHとは「炭酸塩のおおよその量を表したもの」と、サンゴ飼育における炭酸塩の量は「少なすぎても多すぎても良くない」ということです。
サンゴ水槽における標準的な目安としては6~8dKHを目安に保つ管理を目指しましょう。
海水魚中心の水槽でpHの変動を抑える目的であれば9~12dKHほどでも問題ありません。
リーフタンクにおける炭酸塩の、サンゴの育成に関わる部分のメカニズムなどについては、続編として徐々に触れていきますので、お待ちください。
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