リーフタンクに限らずマリンアクアリウム全般において、しつこい大敵として扱われるカーリー。
今回はカーリーとは何者なのか?増えてしまったらどう対処すればいいのか?について触れていきます。
目次
カーリー(アイプタシア)とは何者なのか?
カーリーとは特定の種類を指した名前ではなく、マリンアクアリウムにおいて水槽内でいつのまにか増殖している小型イソギンチャクの総称です。
日本では和名でセイタカイソギンチャクと呼ばれるExaiptasia diaphanaが主にカーリーの名前で呼ばれています。しかし、実際には近い生態を持つ複数の種類をまとめてカーリーと呼んでいます。
日本国内ではセイタカイソギンチャクの他に、オヨギイソギンチャク(Boloceroides mcmurrichi)やチギレイソギンチャク(Aiptasimorpha minuta)、スズナリイソギンチャク(Mesactinia ganensis)などがカーリーの範疇として扱われています。
海外ではカーリーではなく「アイプタシア」という名称で呼ばれることが多く、グラスアネモネと呼ばれるAiptasia mutabilisなどAiptasia属のイソギンチャクとExaiptasia属のイソギンチャクをまとめて指します。
※Exaiptasia属はAiptasia属から分けて新設された属になります。
本来の「カーリー」という名称に関しては、くるくるとカールする特徴的な触手を持つコークスクリューアネモネ(Bartholomea annulata)がその名前で呼ばれています。日本においては、それが他のアイプタシア属のイソギンチャクと混同され、やがてカーリー=アイプタシアという図式になっていったようです。
では、「カーリー=アイプタシア」の概念にあたるイソギンチャクの特徴とは何か?
それは「強い再生力と繁殖力を持つ小型のイソギンチャク」であるということ。
特に繁殖力が凄まじく、放っておくと水槽内のあらゆる場所に現れるようになります。
「カーリー=アイプタシア」の範疇に入るイソギンチャクはこの特徴を持つがゆえに、水槽内で厄介者として扱われているのです。
※本来のカーリーという呼称はコークスクリューアネモネ(Bartholomea annulata)を指すものであるため、本記事では以降アイプタシアの呼称を用います。(セイタカイソギンチャク1種を指すのであれば属名のExaiptasiaからエクスアイプタシアと呼ぶのが妥当かもしれません。)
カーリー(アイプタシア)の生態
日本におけるアイプタシア(特にセイタカイソギンチャク)の生態は誇張され、必要以上に恐れられ忌み嫌われています。その最たる要因は「小さな体組織の破片からでも再生するという驚異の再生力」と「気が付いたら水槽内に大量に増えている繁殖力」が主に挙げられます。
基本的な生態としては褐虫藻を体内に宿した好日性イソギンチャクであるということ。
そして本来の生息域はソフトコーラルが多く生息している中栄養海域、マングローブ帯や海藻や海草が豊富な藻場などで見られることが多いようです。
アイプタシアの仲間は褐虫藻との共生による独立栄養生物としての性質と、コペポーダなどの動物プランクトンを捕食する従属栄養動物としての性質を両方ともバランス良く備えています。
その性質からエサの少ない環境では光合成によって生き延び、暗い環境では動物プランクトンを捕食して生き延びます。さらに興味深い性質としてシアノバクテリアからアンモニア態窒素を受け取るという共生関係をもち、貧栄養環境にも対応できるという驚くべき生態を持っています。
栄養塩豊富な海域を好むということと、一度の産卵で大量に増えるという生態からポリプ食性の海水魚や無脊椎動物にとっては重要な餌生物となっている可能性が考えられています。
水槽内は海水魚やサンゴへの給餌により発生した餌となる有機物が豊富に存在しています。
アイプタシアの仲間は水質が富栄養になるほど増殖速度が上がるということも知られており、さらに捕食者となる生物が存在しないことが多いことから、水槽内という環境は大量増殖を招きやすい環境にもなっているのです。
強力な再生力と繁殖力
マリンアクアリウムでアイプタシアを厄介者たらしめているのは、主にその再生力が挙げられています。
触手や足盤など体組織の欠片から再生できるほどなので、物理的な処置では駆除しきれず再生してしまうことがよくあります。そのため、ブラシで擦り取る方法などは真水で洗い流すなどの合わせ技が必要になります。
ピンセットなどで摘まんで無理やり除去しようとすると足盤の一部が残ってしまい、そこから再生します。
これは後述する足盤裂傷という無性生殖に繋がる性質でもあるため、体組織が残らない駆除方法が必須になります。
やってはいけない除去方法 |
しかし、水槽内において真に厄介なのはその再生力よりも繁殖力にあります。
イソギンチャクの仲間は一部の種類で雌雄同体のものも確認されていますが、セイタカイソギンチャクを含むほとんどアイプタシアと呼ばれるイソギンチャクは雌雄異体の種類が多く確認されています。ですが、アイプタシアとしての性質を持つイソギンチャクは「有性生殖」の他に「足盤裂傷」という無性生殖を行い、水槽内でも容易に大量増殖をしてしまいます。
厄介なのは大型に育った個体ほど大量の幼体を生み出すことです。
こうなってしまうと1個体ずつ駆除するには非常に手間がかかり、際限なくアイプタシアの駆除に追われるようになってしまいます。
有性生殖は微小な幼体が水槽内に大量に現れるため非常に厄介です。
この繁殖形態は春や秋などの季節の変わり目や月周期などの環境変化をトリガーとしているようで、自然下では4月~8月の間で有性生殖が行われることが多く確認されています。
そのような時期に大型個体が複数匹いる場合は早急な対処が必要です。
そして足盤裂傷による無性生殖も非常に厄介です。
こちらは有性生殖による繁殖に比べて増殖数は少ないですが、環境の変化や身の危険を感じたときに増殖のスイッチが入るとも言われており増殖の時期を選びません。
アイプタシアの足盤周りに「直径1mmほどのディスク状(褐虫藻の保有量により白~褐色)の体組織」が見えたら足盤裂傷による増殖の予兆です。そのような個体を見つけたら優先して駆除しましょう。
両方の繁殖形態ともに生殖細胞(vasa陽性細胞)が必要で生殖腺が発達していることが条件となりますが、セイタカイソギンチャク(Exaiptasia diaphana)の再生能力についての論文では「足のサイズが雄で3~4 mm以上、雌で5~6 mm以上になると配偶子形成を開始する」という報告がされています。
触手含めた直径が2cmを超える個体であれば増殖は充分に可能なようですが、体が大きくなるほど一度に増殖する個体数が増える可能性は高いといえます。
アイプタシアの蔓延を防止するには、大量増殖が可能なサイズに育つ前に駆除するしかありません。
リーフタンク内に現れたら、見つけ次第速やかに処置する必要があります。
一方で分裂によって緩やかに増えていくアイプタシアもいます。
それはスズナリイソギンチャク(Mesactinia ganensis)です。
こちらはセイタカイソギンチャクのように一気に大量の幼体が増えるということはありませんが、気が付くと分裂により数を増やしてコロニーを作っていることがあります。(このコロニーを作る様子から「スズナリイソギンチャク」の名前の由来にもなっています。)
スズナリイソギンチャクはセイタカイソギンチャクほど触手が伸びないためサンゴへの悪影響は少ないですが、放っておくとコロニーが拡大してサンゴを圧迫することがあります。サンゴに触れそうな位置にいるものは駆除もしくは除去するのが無難です。
スズナリイソギンチャクはセイタカイソギンチャクほどの再生力は持っていないため、駆除剤を使わずピンセットなどで剥がす取り方でも問題ありません。
また、スズナリイソギンチャクはまれに蛍光グリーンの色素を持つ個体も現れます。
そういった性質からスズナリイソギンチャクは「アイプタシア」の範疇に入れられるイソギンチャクの中では、どちらかというとサンゴと一緒に飼いやすいイソギンチャクです。
一見、「カーリー(アイプタシア)!?」と思うようなイソギンチャクがいても、よく見るとセイタカイソギンチャク(Exaiptasia)ではないイソギンチャクということもあります。
慌てて駆除する前に、どのような種類か確かめてみるのもおもしろいかもしれません。
カーリー(アイプタシア)の刺胞毒について
アイプタシアの刺胞毒については一般的にはかなり強いと言われています。
しかし実際はそれほどでもなく、ハタゴイソギンチャクなどに比べればだいぶ弱いと言える程度です。
あくまで筆者が触ってみた実感ではありますが、実際の触手が持つ刺胞毒はサンゴイソギンチャクと同程度かそれ以下で、健康な海水魚であれば捕食されてしまうということもほとんどありません。
小型魚がアイプタシアに食べられてしまったという事例も稀にありますが、その場合は魚の体力がほとんどない状態で捕まってしまったというケースも多いようです。
触手にある刺胞毒の強さではハナギンチャクやウメボシイソギンチャクなどのほうが強いといえます。
実際に触手に触れたときのベタつく強さはハナギンチャクやウメボシイソギンチャクのほうが上です。
※イソギンチャクの触手は触れたときのベタつきが強いほど刺胞毒は強めになります。
触手自体の刺胞毒はそれほど強くありませんが、セイタカイソギンチャク(Exaiptasia)は外部からの刺激を受けたときに体の側面からアコンティアという白い糸状の器官を発射します。これは外敵から身を守るための器官で、触手よりも強い刺胞毒を備えているようです。
このアコンティアは防御器官ということもあり、自然下では天敵であるオオミノウミウシやペパーミントシュリンプを撃退する効果があるようです。
ペパーミントシュリンプなどのアイプタシアの捕食率が入荷ロットにより大きく変わるのは単純な産地の違いだけではなく、もしかするとアコンティアによる反撃への耐性の差などもあるのかもしれません。
人に対する影響としては個人の体質により違いがあります。
腕の内側など皮膚の薄いところに触れてしまうと腫れたりかぶれてしまう可能性があり、肌がデリケートな方はなるべく素肌に触れないように注意しましょう。
実際の刺胞毒の強さについては専門の研究機関などで成分分析を行わなければ確実なことは言えませんが、マリンアクアリウムにおいては必要以上に恐れることはありません。
肝心のサンゴに対する影響としては、アイプタシアの触手に触れた部分の共肉がすぐに壊死してしまうということはほとんどありません。実際の被害としてはハナサンゴのスイーパー触手のほうが強いくらいです。
とはいえアイプタシアの触手に触れられているサンゴは非常に嫌がり、強いストレスを受けます。
ストレスを受け続けてポリプが開けない状態が続くことで、サンゴの共肉が消耗し壊死してしまうことがあります。
サンゴの近くにアイプタシアが現れたら、駆除剤を使用して速やかに駆除するのが安全です。
水槽への侵入経路
アイプタシアが水槽内に侵入する経路は、主にライブロックやサンゴの土台に付着してのルートが多く見られます。
多くのショップでは販売時にアイプタシアが付着していないかのチェックは行いますが、岩の窪みなどに数mm程度の個体が隠れていたりすると見落とされてしまうことがあります。大きめの個体であっても縮むと数mmほどになり、岩の隙間に入り込んでしまうとほとんど外からは見えません。
また足盤裂傷で生じた体組織(裂傷体)は直径1mmほどの小さな白っぽい斑点のようなもの(※褐虫藻が増えて白から褐色へ変化します)で、これを人の肉眼のみで判別するのはほぼ不可能です。特に触手の生じていない裂傷体は確実にカーリーと判別できる要素がありません。有性生殖でプラヌラ幼生から着底したばかりの個体も同様です。
これらは1週間ほどで触手が生じ、イソギンチャクらしい形になってきます。
裂傷体およびプラヌラ幼生着底後の成長段階 ※イメージ図 |
そのため新しくサンゴやライブロックを導入した場合は、水槽に入れてから1週間ほどは微小なアイプタシアが発生していないか観察を続け、見つけ次第駆除剤を使用して対処しましょう。
リーフタンクでのカーリー(アイプタシア)の駆除方法
マリンアクアリウム一般におけるアイプタシアの駆除方法としてはペパーミントシュリンプなどポリプ食性のエビに捕食してもらう方法がよく挙げられます。しかし、この方法はサンゴを主体としたリーフタンクではサンゴの共肉が食べられてしまう可能性があるため避けたほうが無難です。
とくにハナガタサンゴやオオバナサンゴ、ヒユサンゴなど共肉がふっくらして大きいLPSなどが被害を受けやすく、ポリプ食性の生物を入れる方法は非常に危険です。
そこで主戦力として使うことになるのが駆除剤です。
本水槽向け:駆除剤を使用する
駆除剤は製品によって配合されている成分が違うこともありますが、おおむね強アルカリを利用したものであることが多く、アイプタシアの体組織を溶かして駆除します。
その構成は「液体に浸かった白い粉末」というもので、この白い粉末は純度の高い水酸化カルシウムを主原料としていることが多いようです。粉末と表現していますが実際には水を含んで白いゲル状になっています。
また、製品によっては即効性を高めるため水酸化カルシウムの粉末だけではなく水酸化ナトリウムが加えられているものもあります。そのため使用や保管には注意しましょう。
使用方法や注意事項についてはこちらの記事に詳細をまとめていますので、併せてご覧ください。
サンプ向け:捕食生物を利用する
アイプタシア対策として利用されるペパーミントシュリンプなどのポリプ食性を持つエビは、リーフタンクへの収容はお勧めできません。しかし、サンプに侵入してしまったアイプタシア駆除用には用いることが可能です。
前述のとおり、アイプタシアは配偶子の放出や足盤裂傷により無数の幼体を水槽内に放ちます。
小さな幼体がサンプ内に広がってしまうと、前述の駆除剤使用による駆除は困難を極めます。
そういったときの対処法として、サンゴが入っていないサンプに限りアイプタシアを捕食する生物を頼ることができます。
サンプ内にアイプタシア対策の生物を入れる際には、プロテインスキマーや循環ポンプの吸水ストレーナーに吸い込まれないようネットなどで必ずガードを付けてください。
サンプ向けアイプタシア掃除屋として活躍する生物 |
サンプに発生したアイプタシア駆除はエビとヒトデの仲間が適しています。
SPS中心のリーフタンクでは栄養が不足がちになるため給餌が必要になりますが、LPS中心のリーフタンクでは給餌の残り餌がサンプに落ちるためアイプタシア駆除を兼ねた掃除屋として活躍してくれます。
アイプタシアがいなくなったら餌が不足しますので、ペレット状の人工飼料を与えましょう。
エビの仲間は給餌しすぎるとアイプタシアを食べなくなることがあるため、与え過ぎには注意します。
また、イトマキヒトデは死ぬとサポニンという毒性のある物質を放出します。
イトマキヒトデの死因は餓死であることが多いため、掃除屋としてサンプに収容するのであれば適度な給餌も行いましょう。餌さえ足りていればイトマキヒトデは非常に強く、アイプタシア以外にもゴカイの仲間や貝類などさまざまな動物を捕食します。
サンプ内における予期せぬ生物の発生を極力抑えたいときの掃除屋として活躍してくれることでしょう。
駆除しきれないほど増えてしまった場合
アイプタシアがあまりにも大量に増えてしまった場合、水槽をリセットするほうが早いケースもあります。
水槽のリセットする場合は水槽内と使用していた用品類をブラシと流水で徹底的に洗い、ちぎれた体組織が残らないようにしましょう。
ハイターや熱湯消毒ができれば確実ではありますが、しっかりと水で洗い流せていれば充分です。
ライブロックや擬岩なども同様にブラシと流水で徹底的に洗い流しましょう。
リセットをしたくないのであれば、「駆除剤を使用して1匹ずつ根気よく対処する」か「サンゴを取り出してポリプ食性の生物を入れて駆除する」の2択に絞られてしまいます。
有性生殖と無性生殖ともに増殖したばかりの個体はとても小さく見落としやすいことから、普段の観察と発見次第の迅速な対処を行うことが大切です。
生き餌としてのカーリー(アイプタシア)の可能性
アイプタシア、特にセイタカイソギンチャクはその大量増殖する性質からリーフタンクにおいては非常に厄介な存在ではありますが、自然下ではポリプ食性の生物たちにとって重要な餌生物となっている可能性が非常に高いと考えられています。
実際に、ポリプ食性のヤッコやチョウチョウウオなどは餌の少ない環境ではアイプタシアを捕食することがあります。どうしても餌付けできない場合、カーリーを与えてみるのも一手です。※確実に食べるわけではありません。
他にもポリプ食性を持ったミノウミウシの仲間や肉食性のタカラガイ、ウミグモといったサンゴの共肉やイソギンチャクを食べる無脊椎動物を飼育するときに最も手軽に入手できる生き餌としても活躍する可能性もあります。
特殊なポリプ食性を持つ生物を飼育する際には、アイプタシア増殖用の水槽を用意してみるのもひとつの手かもしれません。
カーリー(アイプタシア)が生き餌として有効と思われる生物の一例 |
まとめ
セイタカイソギンチャクをはじめとしたアイプタシアの仲間はサンゴ中心のリーフタンクでは非常に厄介な嫌われ者として扱われています。一方でその生態と対処方法に触れた説明は意外に少なく、必要以上に恐れられている傾向があります。
しかし、アイプタシアの増殖パターンと正しい駆除方法を把握していれば極端に恐れる必要はありません。
アイプタシアに限られたことではありませんが「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という言葉があるように、相対する生物の生態を知り、それに対する的確な処置を行うことで水槽崩壊を未然に防ぐことが可能になるのです。
リーフタンクにおけるアイプタシア対策のポイント |
・サンゴ中心のリーフタンクでの駆除は、主に専用の駆除剤を用いて行います。 ・生物による駆除はサンゴも襲われる可能性があるため、サンプ内などに限られます。 ・大量増殖可能な大きめサイズの個体から優先して駆除します。 ・大量増殖してしまったら、1匹毎の駆除よりもリセットを行うほうが楽な場合があります。 ・水槽内へはライブロックやサンゴの土台を介して侵入します。 ・大量増殖を招かないように水槽内をよく観察し、発見次第の駆除を行いましょう。 ・無性生殖の予兆は「足盤近く体内に直径1mmほどの円盤状の組織(白~褐色)が見える」状態。 ・有性生殖による増殖のタイミングは4~8月に多く見られます。※例外あり |
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