栄養剤を使ったサンゴのトリートメント方法

せっかくキレイなサンゴを買ってきたのに上手く育たずに死んでしまったという経験は、サンゴ飼育をしているマリンアクアリストなら誰でも経験のあることだと思います。
この記事を書いている筆者もその一人です。

では、なぜサンゴが上手く育たなかったのか?
その原因は飼育環境だけでなく、水槽導入時や飼育時におけるトリートメントの有無にもあります。

水質や水流、光といったサンゴが必要とする環境条件は満たしているはずなのになぜかサンゴの調子が上がらない。そんなときはサンゴの体力自体が著しく落ちている可能性が高いのです。

今回は「環境は整えているはずなのに、なぜか上手くいかない!」という方にお送りする、サンゴのトリートメントの仕方について解説していきます。

サンゴの状態確認

まずはサンゴの状態確認からです。

サンゴの状態確認は種類によりますが、かなり難しいものもいます。
共肉が痩せているなど、見た目にわかりやすい種類であれば判別は容易です。

しかし、死ぬ直前まで元気そうに見えるサンゴも多く、突然調子を崩して死んでしまったという経験はサンゴ飼育者であれば誰しもが経験することかと思います。

それはサンゴの状態を判別できずに適切な対処ができなかったからに他なりません。

その適切な対処を行うためには、なによりもサンゴの健康状態の把握が大切です。
では、まずサンゴの何を見て状態を判断すべきかについて触れていきましょう。

共肉が痩せている(主にLPS)

最も見た目にわかりやすいポイントは共肉の膨らみ具合です。
これは一部の種類を除いてLPSに特に顕著な特徴といえます。

共肉が明らかに痩せていて骨格が目立っているようなポリプは栄養が不足して痩せている状態です。
痩せている状態では当然ながら体力も落ちていて、ビブリオ菌やブラウンジェリーの原因となる繊毛虫に感染しやすい状態になっています。

LPSにおいてはまずは共肉の痩せからチェックしましょう。

痩せている状態の目安
ハナサンゴグループ
※ワックスが発達していない
スコリミア、ハナガタサンゴグループ
※骨格が浮き出て目立っている
クサビライシグループ
※骨格が浮き出て目立っている
キッカサンゴグループ
※骨格のトゲが浮き出て目立っている

健康な状態の目安
ハナサンゴグループ
※共肉が膨らみ、ワックスが発達している
スコリミア、ハナガタサンゴグループ
※共肉がふっくらして骨格のトゲ目立たない
クサビライシ
※共肉がふっくらして骨が目立たない
キッカサンゴグループ
※共肉が厚くなり骨格のトゲが目立たない

状態がわかりにくいサンゴ

ひと目で状態がわかるサンゴもいれば、ほとんどわからないサンゴもいます。
代表的な例としてはハナガササンゴやアワサンゴグループ、クダサンゴの仲間です。

ハナガササンゴ
アワサンゴ

ハナガササンゴとアワサンゴは痩せていてもポリプを開いて根本の共肉が見えなくなるため、健康状態の把握が難しい面があります。ハナガササンゴとアワサンゴが「ある日突然死んでしまう」と言われる原因はここにあります。

栄養不足によりポリプの脱落と共肉の壊死が進行するハナガササンゴ

このタイプのサンゴではポリプが閉じたときの共肉の厚みを確認しましょう。
共肉が骨格に薄く張り付いたようになり、骨格の凹凸が目立つようなら痩せてしまっています。

一方でポリプを閉じても付け根の共肉が膨らんでいるようであれば、体力のある健康な状態であるといえます。

共肉が痩せて薄くなっているエダアワサンゴ
体力がある状態のハナガササンゴ

クダサンゴの場合はポリプ根本が硬い外殻に覆われているため、外見から共肉の痩せ具合がほとんどわかりません。
そのため、ある日突然ポリプが衰退していくことが多いサンゴです。

クダサンゴの飼育には定期的な栄養剤の使用と給餌を心掛けましょう。

共肉から状態を判別しにくいサンゴの代表種であるクダサンゴ

色が悪い(主にSPS)

ミドリイシなどのSPSではLPSほど共肉が膨らまないので、色である程度見分けることができます。

「パステル化」と呼ばれる状態は「色素タンパク質は残っている」ものの、「褐虫藻が抜けてしまっている」状態です。この状態では褐虫藻からの光合成による栄養供給が望めません。栄養剤などでケアしてあげる必要があります。

「白化」と呼ばれる状態は「色素タンパク質も褐虫藻も抜けてしまっている」状態で、非常に危険な状態です。
白化したミドリイシは体力が著しく落ちて、強光障害も起こしやすい状態になっています。
ミドリイシが白化してしまったらKH低め(8以下)の水槽で光を弱めにしつつ、栄養剤でしっかりとトリートメントしてあげましょう。

パステル化
※褐虫藻が抜けている
白化
※褐虫藻と色素タンパク質が抜けている

いわゆる「茶石」と呼ばれる褐色化した状態は「色素タンパク質が抜けている」だけの状態です。
ミドリイシに適した環境下に置いて褐虫藻からの栄養供給が滞りなく行われれば少しずつ色が回復していくので、難易度は上記の2種ほどではありません。

褐色化したミドリイシ
色素タンパク質が発達していない
褐色化から回復しつつあるミドリイシ
※環境が適切なら徐々に色素が発達してきます

ポイントとして同じ「色が悪い」状態であっても、「褐虫藻が抜けている状態」と「色素タンパク質が発達していない状態」では前者のほうが飼育難易度が飛躍的に上がります。

褐虫藻が抜けている状態では、サンゴへの栄養供給が光合成に頼れない状態になっているため栄養剤を使ったトリートメントが有効になります。

ポリプの開きが悪い(ソフトコーラルおよびサンゴ全般)

ソフトコーラルやサンゴ全般で状態を計るためのもうひとつのポイントは、ズバリ「ポリプを開くかどうか」です。
一部にはウミキノコのショートポリプのようにミドリイシ並みの強い水流が必要なものもいますが、光や水流、水質を整えてもポリプを開かない場合は「サンゴ自体の体力が落ちている」状態です。

体力が落ちていてポリプを開かないサンゴには、栄養剤を使ったトリートメントが必要です。

同一産地、同一便のスターポリプでもポリプの開きに差があり、開きにくいものは体力が落ちています

ミドリイシのような共肉の厚みがわかりにくいサンゴの状態を見るときも、ポリプの開き具合が目安になります。

ポリプを出してフサフサになっているミドリイシは健康と言えますが、色がキレイでもポリプを出していないミドリイシは体力面でやや不安があります。種類によってポリプを開きやすいものと開きにくいものがいますが、基本的にはポリプが出ているものは健康状態に申し分はありません。

そして「ポリプが出ているミドリイシ」と「ポリプがなかなか出ないミドリイシ」をよく見比べると、実は共肉の厚みが違うことに気付かれるかと思います。

ポリプを出して共肉も発達しているミドリイシ
色がキレイでも共肉が痩せ気味なスギノキミドリイシ

発色が良くても共肉が薄くポリプが出ていないミドリイシは飼育の難易度が上がります。
体力が落ちているミドリイシはRTNに罹りやすくなっているため、色がキレイであってもポリプの開きが悪いようであれば栄養剤でしっかりとトリートメントするのが安心です。

ミドリイシもポリプをフサフサに出して共肉が発達しているものが体力があり、飼育しやすいのです

栄養剤によるトリートメントが進めば、それまでポリプの開きが悪かったサンゴも満開に咲いたポリプを見せてくれるようになるでしょう。

寄生虫や病気が出ている場合のトリートメント

サンゴの体力が著しく落ちてしまう原因にはヒラムシなどの寄生虫などが挙げられます。
また、サンゴを死に至らしめるRTNの原因菌であるビブリオ菌、ブラウンジェリーを引き起こす繊毛虫など、サンゴを害する存在は数多にわたります。

それらの寄生虫や病気が出ているサンゴのトリートメントには殺菌や駆虫効果のあるディップ剤を使用します。
ディップ剤の使い方や注意点については別記事で解説していますので、併せてお読みください。

サンゴを新しく導入するときには、まずこちらを先に行いましょう。

寄生虫駆除に使うハーバル系ディップ剤
「コーラルリバイブ」
細菌類を殺菌する酸化剤(ヨウ素)系ディップ剤
「リーフディップ」

サンゴの元気がないときのトリートメント

サンゴの元気がないときのトリートメントは、給餌ではなくサンゴ用の栄養剤を使います。
栄養剤を選ぶときの注意点としてはリキッドフードではなく、ビタミンB 類やアミノ酸を主体としたものを選ぶことです。

成分別で選ぶなら、ビタミンB群とアミノ酸、必須脂肪酸は体組織(共肉)を作る原材料として。
炭水化物(糖類)は体を動かすエネルギーとして使われます。

栄養の構成は製品毎に変わりますので、目的に応じたものを選びましょう。

ビタミンB類、アミノ酸、炭水化物を含む
レッドシー「リーフエナジー AB+」
グルコース、アミノ酸、ビタミンB類を含む
グローテック「VitAmino M
アミノ酸をベースにタウリンも含む
FaunaMarin 「Amin」
アミノ酸と必須脂肪酸を豊富に含む
POLYP Lab 「ポリプブースター」

また、エサを与える給餌ではなく、栄養剤を使用する理由は「サンゴの体力が落ちている」ためです。
固形のエサを消化するにはサンゴも人間同様にエネルギーを消耗します。

痩せて体力の落ちたサンゴへ消化に体力を使うエサを与えるのは、逆に最期の止めを刺してしまうことになりますので注意してください。

給餌の必要なLPSであっても、痩せたものにいきなり固形エサを給餌するのは危険です

栄養剤の準備ができたら、次はそれを使ったトリートメントの仕方です。
基本的な使い方としては水槽へ添加する通常の方法でも問題ありませんが、ダイレクトに効かせるには2通りの方法があります。ここからは、そのトリートメント方法を紹介します。

栄養剤でのディッピング

まずひとつめは栄養剤を使ってディップする方法です。
基本的な使い方はディップ剤とほぼ同じで、栄養剤を溶いた海水に10数分浸け置きするだけです。

ミドリイシなどのポリプの小さいSPSに有効な、栄養剤でのディッピング
目安として10~15分前後ほど浸け置きします

プラケースなどに清潔な海水(できれば人工海水を溶かして作った新しいもの)を入れ、水量に対して規定量の栄養剤を入れるだけです。このときに栄養剤を規定量以上を過剰に入れすぎないことが重要です。

このときの注意点として、水槽内の海水を使用した場合に栄養剤を入れすぎてしまうとビブリオ菌などの細菌類も増殖させてしまうことがあります。そのため、なるべく細菌類がいない清潔な海水を使用してください。

また、サンゴへのショックを和らげるためプラケースに入れる海水は本水槽と水温を合わせておきましょう

多少手間がかかりますが、先にヨウ素剤でディップしてサンゴ表面を殺菌しておくと万全です。

取り出したサンゴは水洗い不要で、そのまま水槽に戻しても大丈夫です。
浸け置いた後の栄養剤はそのまま本水槽内に流しても問題ありません。

1週間ほどトリートメントを続けて、サンゴの共肉が膨らんだりポリプを出してくるようになれば通常の飼育に移行してください。

シリンジを使った直接投与

LPSなどポリプが大きいサンゴやイソギンチャクにはシリンジを使った直接投与も可能です。
内臓を傷つけないようにマウス(口)へシリンジの先端を挿し込み、栄養剤を注入します。

スコリミアへの直接添加
センジュイソギンチャクへの直接添加

直接添加のポイントは、こちらも栄養剤を入れすぎないこと。
サンゴに必要な栄養とはいっても一度に与える量が過剰になってしまうと逆に弊害となることがあるため、添加量は0.1ml程度で充分です。

与える量が多すぎると過剰症や浸透圧によるダメージも懸念されますので、与える分量は少量に留めておきます。
浸透圧による影響が心配な場合は原液そのままではなく、新しい海水で希釈してから与えてください。

逆に言えば栄養剤の使用量を最小限に抑えつつ効果を出す方法が、このシリンジを使った直接投与なのです。

栄養剤を使ううえでの注意点

栄養剤はサンゴの体力を回復させる便利なアイテムですが、当然ながらこの栄養を利用できるのはサンゴだけに留まりません。海水中にいる細菌類、特にビブリオ菌などの栄養源にもなりえます。

水槽中に添加するときに規定量以上を過剰に入れてしまうと、これらの細菌類が過剰に増えてしまうことにも繋がります。主な影響としては海水の白濁や酸欠などがあり、ビブリオ菌の過増殖によるRTN発症のトリガーになりうることもあります。

ビブリオ菌についての詳細はこちらで解説しています

しかし、充分な性能のプロテインスキマーが設置してあれば、バクテリアが過剰に増殖する前に水槽外へ排出されるので安全装置として機能してくれます。※オーバースキムによる泡の大量排出が起こる可能性があります。

多く添加してしまっても過度に恐れることはありませんが、水槽内のバランスを崩してしまう切っ掛けにもなりますので、製品毎の規定量は必ず厳守しましょう。

また、サンゴ用の栄養剤は防腐剤などが含まれていないため、一度開封した後に常温で長時間放置すると腐敗してしまいます。製品にもよりますが、基本的には開封後には冷蔵庫など冷暗所での保管が必要となります。

まとめ

新しくサンゴを迎えるときに行うトリートメントは病気と寄生虫を持ち込まないようにするだけでなく、飼育をスムーズに始めるためには痩せているサンゴに栄養をしっかり与えることが重要です。

購入時に状態の良いサンゴを選ぶことも大切ですが、栄養剤によるトリートメントを行えると多少痩せていても失敗する確率を下げることができます。

ただし、注意点としては栄養剤を使えば弱ったサンゴを必ず回復させられるわけではありません。
サンゴの種類によっては弱った素振りを見せた時点で手遅れというも種類もいます。

観察によってサンゴの状態を把握し、完全に手遅れになる前にリカバリーの一手を打てるかが重要です。

水槽内は「自然の海中と違ってサンゴが必要とする栄養が不足がちになりやすい」ということを憶えておきましょう。それを踏まえて栄養剤を使ったサンゴのトリートメントができれば、より多くのサンゴを楽しめるようになるかと思います。

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コメント

    • るり
    • 2024.12.10 12:33pm

    いつも勉強させていただいています。ありがとうございます。
    3−1栄養剤でのディッピングについて教えていただけると助かります。

    リーフエナジーAB で、共肉がやせてしまったハナガササンゴをディッピングしてみるつもりです。
    規定量とは、商品の説明文にある「毎日の添加量」を新しく作った海水の分量で計算するので大丈夫でしょうか?
    年末のお忙しいところ恐縮ですが教えていただけますか

    • plantstech_rk
      • plantstech_rk
      • 2024.12.11 9:29am

      コメントありがとうございます!

      ディッピングにおけるリーフエナジーAB+の使用量は、ご質問の「『毎日の添加量』を新しく作った海水の分量で計算」していただいて問題ありません。
      メーカーの規定ではない高濃度の使用では意図しない弊害も出てしまう可能性もありますので、「海水に溶いた栄養剤の濃度」を合わせてご使用していただければ大丈夫です。

      例えばレッドシーの「リーフケアレシピ SPSドミナント オプション3」では水槽の飼育水100Lあたり12mlとなっていますが、それをベースにした場合、1Lあたりの海水では12ml/100=約0.1ml程度の添加量となります。

      ハナガササンゴはLPSの仲間でも河口域に近い(陸地からの栄養素が流れ込む)プランクトン豊富な海域に生息するサンゴで、実は栄養の要求量が大きいサンゴでもあります。

      栄養剤でのトリートメント後にポリプを元気に開くようになっていれば、栄養剤でのディッピングから給餌に切り替えていただいて大丈夫です。
      アミノ酸や必須脂肪酸(不飽和脂肪酸)が豊富なサンゴ用フード(リキッドフードや冷凍コペポーダ)など)を与えていただければ、ベースの共肉も膨らみやすくなってくるかと思います。

      給餌の注意点としては、残りエサが出た場合にアミノ酸は硝酸塩の素に、脂肪酸はリン酸塩の素になりますので
      スポイトやシリンジでポリプに直接吹きかけるようにして与えてください。

    • るり
    • 2024.12.11 11:30pm

    年末のお忙しい中、丁寧に教えていただきどうもありがとうございます。
    ディッピング自体も、こちらの記事で初めて知ったのですが、
    栄養剤が濃い濃度だとビブリオ菌などの増殖につながりかねないことや
    温度差をなくしてディッピングなど、
    知らないことばかりでしたので、非常に勉強になりました。
    ハナガササンゴの共肉を、ふくらみやすくするアドバイスも
    きめ細かく教えていただき、大変助かります。

    初心者にもわかりやすいように記事を書いてくださっているので
    今後も、こちらを拝読して勉強させていただきたいと存じます。
    どうもありがとうございました。

  1. plantstech_rk
    • plantstech_rk
    • 2024.12.19 3:32pm

    いただいていたコメントに返信遅くなり、申し訳ございません。

    私自身、サンゴの栄養面も含めたトリートメントとビブリオ菌が原因の病気対策には情報もほとんどなかったことから、手探りでかなり苦心しました。
    サンゴや海水魚の栄養面における問題や、そこから派生する病気対策は全てのアクアリストが直面する問題かと思います。
    それに対し、試行錯誤して辿り着いたノウハウが少しでもお役に立てるようであれば幸いです。

    他にもご自身で調べてもよくわからなかったことや、知りたいことなどありましたらまたお気軽にコメントください。

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