水槽内に発生する赤紫色のべっとりとした粘液状の物体。
通称「スライムアルジー」と呼ばれるこれは、シアノバクテリア(藍色細菌)という光合成能を持った細菌類の一種です。日本では藍藻とも呼ばれていますが、実際には藻類の仲間ではなく、系統的には原核生物の細菌類に属しています。
今回は海水水槽に発生するシアノバクテリアの詳細とその対策について解説します。
目次
シアノバクテリアとは?
シアノバクテリアは光合成を行う能力を持つ細菌です。
細菌類(バクテリア)に属するため、真核生物である藻類とは全く異なる系統に分類されます。
水辺の環境では、シアノバクテリアは珪藻類と並んでパイオニア種(先駆種)としての性質を示します。パイオニア種とは、災害などで環境が大きく撹乱され、生態系がリセットされた際に、最初にその場所へ進出して増殖を始める生物のことです。
さらに、シアノバクテリアの特徴のひとつに「窒素固定」があります。
これは空気中の窒素を取り込み、アンモニアに変換する能力で、栄養が乏しい環境でも生育できるため、過酷な条件下での定着に有利に働きます。
また、シアノバクテリアは光合成によって地球に酸素をもたらした存在のひとつとしても知られています。
化石の研究から、浅瀬などで大繁栄していたことが確認されており、その背景には、大気中の窒素を利用できる性質が大きく関係していたと考えられています。
水槽内に発生するシアノバクテリアには複数の種類があります。
一般的には、べったりとしたスライム状のものが発生しやすく、赤色と緑色の2種類がよく見られます。


自然界の海中には膨大な数のシアノバクテリアが存在しますが、水槽内で増えやすいのは主にこの2種類のスライム状シアノバクテリアであり、それ以外の種類が大発生することは非常に稀です。
アクアリウムでは、シアノバクテリアというとスライム状の種類の印象が強いですが、コロニーを形成するものだけでなく浮遊生活を送るものなど、実際にはさまざまなタイプが存在します。中には有害な種類もいますが、栄養価の高いエサとなる有益な種類も存在します。
サプリメントで有名なスピルリナもシアノバクテリアの一種なのです。



とはいえ、スライム状のコロニーを形成する種類以外のシアノバクテリアが水槽内で大発生することはほとんどありません。したがって、今回はスライム状シアノバクテリアの対策に焦点を当てて解説していきます。
なぜシアノバクテリアが発生するのか?
水槽内でシアノバクテリアが発生する主な原因は、「上位捕食者や競合者の不在」と「富栄養化」の2つが重なる場合が多く見られます。
前者の条件が大きく関与するのは、水槽セット直後で微生物相がまだ形成されていない状況や、長期維持によって微生物相が単純化した状況です。
水槽セット直後や貧栄養環境では、シアノバクテリアを抑制する藻類やバクテリア、動物プランクトンなどの微生物が少ないため、シアノバクテリアが増殖しやすい環境になっています。
さらに、海水魚への給餌によって硝酸塩(NO₃⁻)やリン酸塩(PO₄³⁻)が増加すると、シアノバクテリアはこれらを吸収し、爆発的に増殖することになります。
シアノバクテリアは、貧栄養水質と富栄養水質の両方に適応できることを忘れてはいけません。

魚のエサ由来の栄養塩を吸収して増殖が加速します
一般的には、シアノバクテリアの栄養源となる硝酸塩やリン酸塩を低減するために水換えが推奨されます。
しかし、シアノバクテリアは貧栄養な水質にも適応できるため、水換えだけでは完全に消えることはありません。
シアノバクテリアは富栄養な水質でよく増える一方、貧栄養な水質でも生きられる代謝機能を備えています。そのため、水中の硝酸塩やリン酸塩が少なくても生存可能なのです。
水質が貧栄養で、一見調子がよく見えるミドリイシ水槽でシアノバクテリアやダイノスが発生することがあるのは、貧栄養な水質によって他の微生物が減少してしまうことが原因です。
では、シアノバクテリアを抑制するにはどうすればよいのでしょうか?
それは、シアノバクテリアと競合関係にある微生物を増やすことです。
具体的には、シアノバクテリアと競合する珪藻類や、シアノバクテリアを攻撃するバチルス菌などの有用なバクテリア類、さらに植物プランクトンを捕食する動物プランクトンを増やすことで、シアノバクテリアの増殖を抑えることができます。

微生物の生態系ができあがることでシアノバクテリアの増殖が抑制されます
ここで注意したいのは、水槽内の微生物生態系が豊かになったとしても、シアノバクテリアが完全に消えるわけではないという点です。シアノバクテリアは「パイオニア種」としての性質を持っており、海水中には目に見えないほど小さな個体が常に存在している可能性があります。
そのため、他の微生物による抑止力を働かせることで、シアノバクテリアの過剰な増殖を防ぐことを想定した環境づくりが重要になるのです。
健全な水槽環境を維持するためには、シアノバクテリアもまた水槽内の微生物生態系の一角を担う存在であることを忘れないようにしましょう。
スライム状シアノバクテリアが発生することで起こる影響
スライム状シアノバクテリアが大量に発生するといくつかの悪影響が発生します。
ここではそれらについて触れていきましょう。
水槽の美観を損ねる
まずはシンプルに水槽の美観を損ねてしまうこと。
べったりとしたシアノバクテリアのコロニーはガラス面を覆ってしまうと、水槽内が見えにくくなってしまいます。

こうなってしまうとサンゴが状態良く育っていても、お世辞にもきれいな水槽とは言えなくなってしまうため、水換えをしながら吸い出すように除去しましょう。
サンゴの育成を妨げ、サンゴの病気を誘発させる
スライム状のシアノバクテリアは、コロニーがライブロックなどの基質を覆うように成長しますが、サンゴの共肉を覆ってしまうこともあります。
共肉が覆われたサンゴは光合成を妨げられ、弱ってしまうことがあるため注意が必要です。
さらに、サンゴの共肉がスライム状シアノバクテリアに覆われると、ブラックバンド病(BBD=Black Band Disease)と呼ばれる病気を引き起こすことが知られています。

ブラックバンド病はサンゴの共肉が壊死してしまう病気で、スライム状シアノバクテリアがサンゴの共肉表面を長時間覆うことで、酸素の少ない嫌気状態を作り出し、硫化水素が発生してサンゴにダメージを与えてしまうことにより発生します。
スライム状シアノバクテリアのコロニーが成長するにつれて、黒い帯状に共肉の壊死が進行するため、この現象は「ブラックバンド病」と呼ばれています。

硫化水素により共肉が壊死し、骨格が黒く染まっていきます
この症状は、スライム状シアノバクテリアがサンゴの共肉に触れた瞬間にすぐ起きるわけではありません。論文によると、スライム状シアノバクテリアに覆われてから、早ければ数時間、遅くても数日以内に発症するリスクが高いと報告されています。
さらに、近年の研究では、スライム状シアノバクテリアがアレロパシーによってサンゴ体内の褐虫藻の光合成能を弱めるなどの影響も明らかになっています。
Frontiers in Marine Science (2018). Reefs under Siege—the Rise, Putative Drivers, and Consequences of Benthic Cyanobacterial Mats. Available at: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmars.2018.00018/full
Pavlov, D., et al. (2021). Allelopathic Properties of Cyanobacteria. Russian Journal of Plant Physiology, 68(2), 205–217. https://doi.org/10.1134/S1995082925600358
※一方でサンゴ体内に共生するシアノバクテリア(SynechococcusやCyanobiumなど)もいるため、必ずしもシアノバクテリア=サンゴにとって有害という図式は当てはまりません。あくまで、「スライム(マット)状のコロニーを作るシアノバクテリアがサンゴを覆ってしまうと深刻なダメージが現れる傾向がある」ということです。
Li, J., Zhang, Y., Wang, X., & Chen, Z. (2024). The Dynamics of Symbiodiniaceae and Photosynthetic Bacteria Under High-Temperature Conditions. Microbial Ecology. https://doi.org/10.1007/s00248-024-02470-4
飼育下では、スライム状シアノバクテリアのコロニーを人の手で速やかに除去できるため、深刻な事態にはなりにくいものの、サンゴの共肉が覆われた状態で放置するとブラックバンド病を発症する恐れがあります。
したがって、なるべく早めに吸い出すことが重要です。
水質を悪化させる

シアノバクテリアの仲間には、「窒素固定」と呼ばれる、大気中の窒素ガスを取り込みアンモニアへ変換する能力を備えた種類が多く確認されています。
スライム状シアノバクテリアも同様に窒素固定の能力を持っており、脱窒がうまく機能して硝酸塩の濃度が低くなっている水槽でも、窒素ガスを取り込んで栄養源にすることができます。
これが、先述した貧栄養環境にも適応できる性質の正体です。

シアノバクテリアはライブロック中で発生した窒素ガスを窒素源として利用できます
通常であれば、窒素固定によって生成されたアンモニアはシアノバクテリアの栄養源として利用されます。しかし、窒素固定が過剰になったり光合成が過度に活発になると、海水中にアンモニアを放出する現象が起きることがあります。
この現象は、脱窒がしっかり機能し、SPSが良好な状態で育っている貧栄養水質のサンゴ水槽で発生する可能性が高いとされています。
一見、調子のよい水槽でもシアノバクテリアの発生が目立つようになった場合、微生物相の貧困化による水槽崩壊の予兆と考えられるため、早急なシアノバクテリア対策と微生物相の回復を行うことをおすすめします。
カーリー(アイプタシア)の成長促進
シアノバクテリアがアイプタシアに窒素源を直接供給していることは、現時点では実証されていません。しかし、両者に関連がある可能性は示唆されています。
日本で「セイタカイソギンチャク」として知られる Exaiptasia diaphana は、シアノバクテリアのコロニー上で成長が促進される傾向が報告されています。これは、窒素固定によって生成されたアンモニアが間接的に利用されている可能性を示唆するものです。

シアノバクテリアがアイプタシアに窒素源を供給している可能性が考えられています
実際、硝酸塩濃度がほぼゼロに近い貧栄養な水質でも、シアノバクテリアのコロニー上にいる個体は成長速度が落ちないことが観察されています。このことから、窒素固定によって生成されたアンモニアを窒素源として受け取っている可能性が高いと考えられます。
アイプタシアが発生している水槽でシアノバクテリアの発生も併発した場合、アイプタシアの成長と増殖が加速する可能性があります。そのため、早急な対策が必要です。
基本の対策方法
次に、シアノバクテリアが発生した場合の対処方法を解説します。
対策方法は主に3つのプロセスがあります。
- 徹底した物理的除去
- 薬品類を使った駆除
- 微生物相の回復
この手順を踏むことで、再発の可能性を大きく下げることができます。
ただし、シアノバクテリアは単体では人間の肉眼で見えないサイズであり、海水中に常在する生物でもあるため、完全に全滅させるのは不可能と言っても過言ではありません。重要なのは、あくまでも大量発生を防ぐことです。
ここでは、シアノバクテリアの大量発生を抑制するための具体的な対策方法を紹介します。
対策①:水換え時に徹底的に吸い出す
まずは、他の厄介な「コケ」と同様に、物理的に直接吸い出す方法で対処しましょう。
シアノバクテリアが発生する原因は、水槽内の微生物相が偏り、「上位捕食者や競合者の不在」と「富栄養化+栄養塩の独占」が重なったことによります。したがって、この状態を改善することから始める必要があります。
最初に行うべきは、水換えを兼ねて目に見える部分を徹底的に吸い出すことです。
ひたすら、徹底的に吸い出して除去しましょう。
対策②:薬品や駆除剤を使う
目に見える部分を吸い出しても、肉眼では確認できない微細なシアノバクテリアが残っています。
それらを駆除するためには、薬品類や駆除剤の使用が効果的です。
駆除剤を使用する際は、必ず「シアノバクテリアのコロニーを吸い出した後」に行ってください。コロニーを残したまま使用すると、その分だけ薬剤の使用量が増えてしまいます。
駆除剤は、水槽内に発生したコロニー全体を駆除するというよりも、吸い出した後に残った肉眼では見えない微細な個体を駆除する目的で使用する方が、成功率が高まります。
薬品や駆除剤は、特定の場所をピンポイントで駆除したい場合に有効です。
オキシドールの使用
オキシドールは、シアノバクテリアのみを選択的に殺菌するわけではありません。
強い酸化力を持ち、水槽内のバクテリアを無差別に殺菌します。
つまり、大量のオキシドールを水槽内に添加すると、微生物相をさらに破壊してしまう可能性があります。そのため、使用量は最小限に留める必要があります。
具体的な使用量は、1回あたり多くても10ml程度に抑えましょう。
やみくもに水槽内へ投入するのではなく、スポイトやシリンジを使って、殺菌したい場所へピンポイントで吹きかけるようにしてください。
専用駆除剤の使用
シアノバクテリア専用の駆除剤を使用するのも、選択肢のひとつです。
ただし、成分は製品ごとに異なるため、使用時には必ず注意書きを確認し、規定通りに使用してください。

| FaunaMarin 「RED X」 |
| 主成分 ※メーカー表記を引用 | ・水 ・塩化ナトリウム ・サリチル酸 |
| サンゴ水槽への使用 | 可能 |
| 特徴 ※メーカー表記を引用 | 緑と赤のシアノバクテリア、ダイノス(渦鞭毛藻)、褐藻、珪藻を抑制 |
| 使用上の注意 | ・過剰投与に注意 ・海藻を入れている水槽での使用は避ける |
対策③:微生物相の回復
シアノバクテリアを減らすには、水槽内の「有益なバクテリア」や「プランクトン」を増やし、微生物相のバランスを整えることが重要です。これらの微生物が活発に働くことで、過剰な栄養塩や有機物を分解し、水質を安定させます。その結果、シアノバクテリアの増殖を抑え、健全な生態系を維持されます。
つまり、微生物の力で水槽環境を整えることが、シアノバクテリア対策の基本となります。
競合する藻類や動物プランクトンを増やす
目に見えるシアノバクテリアを吸い出し、水換えを行って富栄養な水質を改善しても、それだけでは完全な駆除にはなりません。シアノバクテリアが増殖しにくい環境を整えなければ、再発の可能性は残り続けます。
物理的な吸い出しと、ピンポイントな駆除の次に重要なのは、水槽内の微生物相を豊かにすることです。
水槽セット直後であれば、自然に珪藻類が増殖していくので、まずはそれを待ちましょう。
長期維持している水槽の場合は、新たなライブロックの投入や、バクテリア剤(硝化バクテリアではなく、バチルス属細菌を中心としたもの)の添加が環境改善に役立ちます。
珪藻類には、栄養塩の競合やアレロパシーによって有害な渦鞭毛藻を抑制する作用が知られています。さらに、さまざまな動物プランクトンの良質なエサとしても機能する一面を持っています。
また、珪藻類が大量に増えただけでは、他の有害藻類を抑制することは難しいですが、珪藻類をエサとする動物プランクトンが増えることで、同時にシアノバクテリアへの捕食圧も高まります。
海水魚を多めに収容している水槽では、動物プランクトンが捕食されてしまうため、隠れ家となる岩場を増やしたり、海藻を収容したリフジウムを接続するなどして、動物プランクトンが増えやすい環境を整えましょう。
海水魚の捕食圧を受けない動物プランクトンの増殖槽(リフジウム)には、このような隔離ボックスを使用しても問題ありません。
バチルス属細菌を主体としたバクテリア剤を使う
アクアリウム用のバクテリア剤には、バチルス属の細菌を利用したものがあります。これらはシアノバクテリアを抑制する一助となります。
バチルス属の細菌は複数の種類がアクアリウム向けに培養されており、その中には他の細菌類を抑制する抗生物質に近い物質を生産することが知られています。特に Bacillus pumilus をはじめとするいくつかの菌種では、シアノバクテリアやビブリオ菌に対する静菌作用が確認されています。
これらのバチルス属細菌を複数種類配合したバクテリア剤を使用することで、シアノバクテリアが発生しにくい環境に近づけることができます。
シアノバクテリア まとめ
スライム状のシアノバクテリアは、水槽内のバランスが崩れたときに急速に増える厄介な存在です。
その対策の基本は、水槽内の微生物相を整えて健全な生態系を維持することにあります。
シアノバクテリアはダイノスと同様に、富栄養環境だけでなく貧栄養環境にも適応できるため、幅広い条件を考慮した対策が必要です。その鍵を握るのは水槽内の微生物達です。
吸い出した駆除剤などで物理的な除去を行っても再発してしまうことがあるのは、シアノバクテリアの抑制者である微生物達の存在が薄くなってしまっていることが最大の原因なのです。
有益なバクテリアやプランクトンを増やすことで、過剰な栄養塩や有機物を分解し、水質を安定させることができます。こうした自然な浄化作用が働く環境では、シアノバクテリアの増殖は適度に抑えられ、長期的に美しい水槽を維持できます。
つまり、微生物を味方につけた管理こそが、美しい水槽を守る最も重要な方法といえるでしょう。
| 主な発生要因 | ・微生物相の貧困化 ・競合相手と捕食者不在による過剰増殖 |
| 主な対策 | ・最初になるべく人の手で除去する ・駆除剤はピンポイントな場所へ使用する ・適度な栄養塩が存在する環境に整える ・生きた植物プランクトンと動物プランクトンの投入 ・バチルス菌を主体としたバクテリア剤の使用 |









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