海水水槽を維持する上で、リン酸塩は重要な要素の一つです。
飼育水中に含まれるリン酸塩の濃度が過剰に高くなると、藻類の異常繁殖やサンゴの健康に悪影響を及ぼす可能性があります。
サンゴを美しく健康に育てるためにはリン酸塩の数値を上手くコントロールする必要があります。
本記事ではリン酸塩についての解説導入編として、海水水槽中におけるリン酸塩の主な由来、どこからリン酸塩がやってくるのかについて解説していきます。
目次
そもそもリン酸塩とは何か
リン酸とは、1個のリンと4個の酸素からなる多原子イオンまたは基から構成される物質です。
リン酸イオンの化学式はPO₄³⁻です。
「リン酸塩」と「塩(えん)」が付いているものは、「リン酸」+「陽イオンの元素=Na、K、Ca、Mgなど」が結びついたものです。「※塩(えん)=陽イオン+陰イオンの化合物」
リン酸は自然界や生物の体内に広く存在しており、一例として以下のような役割を果たすことが知られています。
- 細胞のエネルギー通貨であるATP(アデノシン三リン酸)の構成要素
- 脊椎動物の骨や歯の構成:リン酸カルシウム
- 遺伝情報を保持するDNAとRNAの構成要素:タンパク質の設計図
- 細胞膜を構成するリン脂質
過剰なリン酸塩が引き起こすアクアリウム上の問題点
リンはサンゴに限らず多くの生物にとって必要不可欠な成分でもあるので、完全に枯渇してしまうのも良くありません。しかし、飼育水中に過剰に存在する状態では、以下のようなトラブルを引き起こします。
藻類の大量増殖
水槽内においてはリン酸塩が過剰になると、水槽の鑑賞性を妨げる藻類が異常繁殖することがあります。
いわゆる「コケ」だらけになる問題です。多くの藻類は3大栄養素として窒素、リン、カリウムの栄養塩を特に必要としますが、これらが水中に過剰量存在することで増殖スピードが飛躍的に上がるようになります。
藻類が大量増殖する原因は栄養塩過剰に限定されるものではありませんが(※捕食者がいないことが最大の要因)、藻類が体組織を形成するために必要な材料ということで増殖効率が飛躍的に上がるのです。
ハードコーラルの骨格形成阻害
過剰なリン酸塩の存在は、リーフタンクにおいてサンゴの骨格形成を阻害します。
まずリン酸塩が過剰に存在する状態では、同時に水中に存在するカルシウムイオンと結合してリン酸カルシウムが形成されます。このカルシウムイオンは、サンゴの体内で骨格(炭酸カルシウム)を作るためには必要な素材です。
サンゴの体内で骨格に使われるはずだったカルシウムイオンがリン酸との結合で消費されてしまうことにより、サンゴの骨格形成が阻害されてしまうのです。
特にミドリイシのような成長速度が速く貧栄養海域に適応したSPSではその影響が顕著で、骨格形成に異常をきたし、褐虫藻からの栄養供給の効率も落ちることから代謝が落ちて弱りやすくなってしまいます。
ミドリイシがリン酸塩で直接死ぬようなことはありませんが、ミドリイシの体力をじわじわと奪い、RTNなどの細菌感染症に罹りやすくなってしまうことから大敵であるとは言えます。
▼参考
リーフタンクにおいて「魚など生体の数はできるだけ少なくしたほうが成功しやすい」といわれるのは、生体の数が多いとリン酸塩過多の環境になりやすいため、これを避ける意図があります。
▼参考
一方で栄養塩がある程度存在する中栄養海域に生息するLPSの仲間は、リン酸による骨格形成阻害はあまり深刻なことにはなりません。※影響がまったくないわけではありません。
逆にリン酸が枯渇してしまう貧栄養な環境では、大きな共肉を持つLPSやイソギンチャクなどは細胞を作るために必要な栄養素が不足して短命に終わってしまうことがよくあります。
リン酸の数値は低く抑えながらも、枯渇させてはいけない理由はここにあります。
そして飼育するサンゴにより、その適正値や許容範囲も変わります。
サンゴを健康に長期飼育するには、それぞれのサンゴが要求する水質条件を把握して調整する必要があるのです。
リン酸塩はどこからやってくるのか?
一般的なアクアリウムでの水槽内においては、リン酸塩が過剰な水質にしばしば陥りがちです。
特に飼育している生体の数が多い水槽では、その分だけリン酸塩も過剰に蓄積されることになります。
ここでは、水槽内におけるリン酸塩の由来にはどのようなルートがあるのか紹介します。
残餌と排泄物、死んだ生物の細胞が分解されたもの
魚や無脊椎動物に与える餌が過剰になると、食べ残しが水槽内に蓄積し、それらが分解される過程でリン酸塩が生成されます。魚の排泄物もリン酸塩の一因となります。
さらに水槽内で死んだ魚やサンゴなどの無脊椎動物、枯れた海藻などが分解されると、リン酸塩が放出されます。これは生物の細胞を構成する物質内にリンが多く含まれているためです。
特に動物の細胞膜にはリン脂質がふんだんに使われており、タンパク質にもリンが含まれたものが無数に存在します。生物の死体に含まれるそれらがバクテリアによって分解されることで、リン酸塩が水中に放たれることになるのです。
腐敗したライブロックから
リン酸の供給源は生物の体組織を構成しているものが多くを占めることから、ライブロックもまたリン酸塩の供給源となることがあります。
ライブロックにはろ過バクテリア以外にも自然の海由来のさまざまな生物が付着しています。
特に新しく導入したライブロックは輸送の影響で付着している生物が死んでしまうことがあるため、状態によっては重大なリン酸の供給源となります。
水槽に入れる前に必ず状態を確認し、腐敗臭がするようであれば必ずキュアリングを行いましょう。
水道水や井戸水から(人工海水の原水)
お住まいの地域によっては、水道水には微量のリン酸塩が含まれていることがあります。
人間の飲用には問題なくてもリン酸の影響を受けやすいSPS水槽では問題になることがあります。
また井戸水では人間の飲用に適さないようなものの場合、リン酸塩や硝酸塩、鉄やその他の重金属イオンといった不純物が多く含まれていることがあります。
そういった不純物を含む水道水や井戸水を人工海水の原水として使用するときは、対策として浄水器の使用が有効です。水に溶けたリン酸塩はイオンとして水中に存在していることから、逆浸透膜(RO)や脱イオン(DI)フィルターを使用してリン酸塩を除去することが推奨されます。
オールドタンクシンドローム
半年~年単位以上の長期でリーフタンクを維持していると、リン酸塩の数値が水換えを行ってもほとんど下がらない「オールドタンクシンドローム」という現象が発生することがあります。
これは底砂に使われているサンゴ砂(炭酸カルシウム)が長期間使用されていることによりリン酸カルシウムとなった部分が増え、嫌気層の還元反応でリン酸が溶出してしまうという現象に由来しています。
▼オールドタンクシンドロームについて 詳しくはこちら
海水水槽中におけるリン酸塩の由来 まとめ
海水水槽中のリン酸塩の管理は、サンゴを健康な状態に育てるために欠かせない要素です。
サンゴの育成においてリン酸は従来敵視されることが多かった物質ですが、近年になってサンゴの生態や生理について知見が深まるにつれてその必要性も明らかになってきました。とはいえ依然として水槽内では過剰になりやすい物質であるため、その対策は必須です。
そのためにはリン酸塩がどのようにして水槽に入ってくるのか、その由来が分かれば対策も立てやすくなるかと思います。
脱リンの仕組みや、それに関わるPAOs(ポリリン酸蓄積細菌)、リン酸が枯渇した場合の影響については単独の別記事で解説を予定しています。
リン酸塩の発生要因
- 生物由来のタンパク質や細胞 ※残餌、排泄物、死骸など
- 腐敗したライブロック
- 人工海水の原水 ※水道水、井戸水
- 水槽セットから長期間経過したことにより発生するオールドタンクシンドローム
リン酸塩過剰で発生する問題
- 藻類の異常増殖による鑑賞性の阻害
- ミドリイシをはじめとした貧栄養環境に適応したハードコーラル(SPS)の骨格形成阻害
- 褐虫藻からサンゴへの栄養供給阻害 ※サンゴの色と健康状態の低下
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