ビブリオ属細菌。それは海水中に存在する常在菌で、生物の死体など海中の有機物を分解する細菌類です。
自然の海中ではなくてはならない重要な存在の分解者ではありますが、しかし彼らは水槽内において危険な存在に豹変します。
マリンアクアリウムにおいてあまり語られることのない存在ですが、実はアクアリウム向けに流通する海水魚やサンゴなどの無脊椎動物の死因のおよそ半数以上がビブリオ菌によって引き起こされる病気によって命を落としているのです。
今回はそんな謎に包まれていた危険な隣人、ビブリオ属細菌について触れていきましょう。
目次
ビブリオ属細菌とは
ビブリオ属細菌(※以後、ビブリオ菌と表記)はグラム陰性菌に分類される通性嫌気性細菌で、海水中においては普遍的な常在菌です。好塩性の種類が多いことから淡水では少ないですが、海水中だけでなく汽水域などでも見られ、アルカリ性の硬水中でも一部の種類が見られることがあります。
海産のビブリオ菌は複数種類が知られており、そのほとんどがタンパク質や脂質などの有機物を分解する自然界の元素循環において重要な分解者でもあります。一方で生物にとって病原性を持つ種類も多く、有名なものでは腸炎ビブリオ菌(Vibrio parahaemolyticus)やコレラ菌(V. cholera)などが知られています。
基本的な特性として増殖スピードは他の細菌類と比べて非常に早く、好適な条件下ではおおよそ10分に1回分裂が行われる(※単純計算で10分毎に菌数が2倍に増える)ほどです。非常に速い増殖速度と強力なタンパク質分解能力を持つことから、人を含め生物が感染してしまった場合に症状が重篤化しやすい傾向があります。
海中におけるほとんどのビブリオ菌は常在菌であることから免疫が正常に機能している生物であれば感染することはありません。しかし、体力が落ちて免疫機能が低下すると感染してしまうことがあるのです。
ビブリオ菌によって引き起こされる海水魚とサンゴの病気は、いわゆる日和見感染症に分類されるものとなります。
また、水中にタンパク質など餌となる有機物が増えた分だけビブリオ菌は飛躍的に増殖します。
ある程度健康な生体であってもビブリオ菌の数が増え密度が増すことで、ビブリオ菌に感染してしまうことが知られています。
つまり、ビブリオ菌がサンゴや海水魚にとって危険な存在になるのは「飼育している生物の体力が落ちてしまったとき」と「ビブリオ菌が大量に増殖してしまった環境」であることが前提となります。
まずはこの点を憶えておきましょう。
ビブリオ属細菌が引き起こす病気
ではマリンアクアリウムにおいてビブリオ菌が引き起こす病気はどのようなものがあるのでしょうか?
海水魚とサンゴの症例について触れていきます。
海水魚のビブリオ病
海水魚におけるビブリオ病は、魚の免疫が低下したことによりビブリオ菌に感染してしまうことで発生します。症状としては、まだ生きている状態のまま体組織の分解が進行し、やがて多臓器不全と敗血症を起こして死に至ります。
魚病を引き起こす種類としてはビブリオ・アングイラルム(V. anguillarum)やビブリオ・オーダリー(V. ordalii)などが知られていますが、実際には他のビブリオ菌による感染も確認されており、ビブリオ菌によって引き起こされる感染症の総称としてビブリオ病と呼ばれています。
目に見える症状としては「体表に血が滲んだような爛れ」が現れてきます。
進行は非常に早く、わずかな症状が見られた時点から早ければ1日、長くても2~3日ほどで死に至ります。
感染するトリガーは「海水魚の体力が落ちて免疫機能が低下する」こと。
あるいは「ビブリオ菌が増殖しやすい環境になってしまっている」ことです。
たいていは魚が拒食などをしてしまい、痩せて体力が落ちてしまったときに感染しやすい傾向があります。
エサを食べない海水魚の飼育が難しいのは、ここに理由があるといえます。ビブリオ病の発症を防ぐには清潔な環境も必要ですが、しっかりと餌付けがされてビブリオ菌に感染しない体力をもっていることが大切です。
ビブリオ病は感染してしまうと進行が非常に早く、目に見える症状が現れた時点で既に手遅れとなっている場合が多い非常に厄介な病気です。
免疫が機能していない状態で感染しやすいことから、一度発症してしまうと回復する見込みはほとんどありません。筆者の体感では9割以上が死に至り、回復できた事例は手で数えることができる程度です。
回復できたパターンはわずかな血の滲みが現れた時点で、すぐに抗菌薬系の魚病薬で薬浴を行った場合に限られます。それも内臓への感染がなかったと思われる事例のみです。
恐ろしいのは必ずしも体表から症状が現れるとは限らず、外傷がないのに内臓から感染が進行していつの間にか死んでしまうというケースもあります。つまり、感染の判断が非常に難しいという一面もあるのです。
一般的に海水魚の病気というと白点病のイメージが強いかと思います。
しかし、シッパーから入荷した海水魚のおおよそ半数はこのビブリオ病で命を落としています。
ビブリオ病は感染したら、ほとんど回復の余地がないという非常に恐ろしい病気でもあるのです。
サンゴとイソギンチャクのRTN(Rapid Tissue Necrosis)
RTNは「Rapid Tissue Necrosis=急速な体組織の壊死」の略で、主にミドリイシに見られる症状を指すことが多いですが、実態としてサンゴの共肉が急に溶けてしまうような症状を指します。
溶けた共肉が茶色くならないという点で繊毛虫によるブラウンジェリーとは区別できますが、その原因はビブリオ菌による感染がほとんどです。海水魚のビブリオ病同様に、症状が見られると急速に進行するのが特徴です。
発症のきっかけは海水魚と同じで、サンゴの場合も体力が落ちて免疫が機能しなくなったものがビブリオ菌の餌食となってしまうのです。そのため白化したものや共肉が痩せているものなどでは特に注意が必要です。
健康な状態のサンゴは体内の褐虫藻が発生させる活性酸素(O⁻)への耐久力(色素タンパク質)も上がり、その結果ビブリオ菌への耐性も向上します。
そのため、入荷直後などで色が悪く共肉の痩せたミドリイシでRTNが発症しやすくなるのです。
また、飼育の難しいハタゴイソギンチャクも薬剤採取されたものが死にやすいと言われていますが、これは弱って体力が落ちた個体がビブリオ菌に感染して溶けてしまうというのが直接の原因です。
実際には薬剤採取の有無というより「体力が落ちたイソギンチャクはRTNを発症しやすくなっている」ということがポイントになります。
ハタゴイソギンチャクやミドリイシは栄養塩の少ない清浄な水質で潮通しの良い環境に生息しています。
貧栄養な環境に適応していることから、ビブリオ菌に対する抵抗力が特に弱いという可能性が考えられます。
サンゴの共肉とイソギンチャクの体組織はコラーゲンの塊であるため、ビブリオ菌に感染してしまうと急速に分解が進んでいきます。群体であるサンゴは患部を切除することでRTNの進行をある程度食い止めることができますが、イソギンチャクは単体のポリプであることからRTNが発症してしまうとほぼ助かりません。
RTNを予防するにはビブリオ菌が繁殖しにくい清潔な環境を作りつつも、サンゴやイソギンチャクへ充分に栄養を摂らせて免疫を機能させるしかありません。
ビブリオ菌によるサンゴの白化
サンゴにおけるビブリオ菌の影響はRTNだけではありません。
褐虫藻がサンゴから抜けてしまう白化にも関わっています。
サンゴを白化させる主な種類としてはビブリオ・シロイ(V. shiloii)やビブリオ・コーラリリティカス(V. coralliilyticus)が知られ、両種とも褐虫藻の光合成を阻害する物質と褐虫藻そのものを溶かす物質を出してサンゴを白化させます。
この2種のビブリオ菌は海水温が28℃を超えると活発化しはじめ、褐虫藻を駆逐していきます。
サンゴの白化を予防するためには水槽用クーラーを用いて水温25~26℃を上限として、30℃を超えないように管理する必要があります。
サンゴを白化させるビブリオ菌は水中のアンモニアを吸収して褐虫藻の光合成を阻害する物質を作り出します。水質が過度に富栄養化することで、褐虫藻からサンゴへの栄養供給が滞る一因にもなっている可能性が示唆されています。
水中のアンモニアは褐虫藻にとっては栄養源となるものです。
しかし、同時に褐虫藻を衰退させてしまう原因にもなりえるということで、サンゴを白化させるビブリオ菌は非常に厄介な存在であるといえるでしょう。
ビブリオ属細菌への対処法
ビブリオ菌による感染は、その生物の健康状態と水槽内に存在するビブリオ菌の数によって引き起こされます。
他の細菌性感染症と同様に、菌の数が多ければ多いほどビブリオ病やRTNの発症に繋がるのです。
ビブリオ菌による病気を予防するために採るべき対処法はいくつかあります。
ここではその具体的な対処法について触れていきましょう
水温を低く保つ
多くのビブリオ菌は水温が30℃前後を超えると代謝が上がり活性化される性質を持っています。
代謝が上がることで増殖速度が上がり、SOD(スーパーオキシドディムスターゼ)という活性酸素を無害化する酵素の生産量も増えます。
これは褐虫藻によるサンゴの「ビブリオ菌に対する防御力」が下がってしまうことを意味しています。
そのためサンゴ水槽は27℃を上限に、成長を優先するなら25~26℃。
ビブリオ菌の活性を上げないようにするには25℃以下、23~24℃ほどが望ましいといえます。
近年ではエアコンの性能も上がり、水槽用クーラーを使わずともサンゴの適温を保つことができるようになりました。しかし、上下変動のない水温をキープするには水槽用クーラーが依然必要になることがあります。
高水温に弱いサンゴ水槽はエアコンだけでなく、水槽用クーラーも併用して28℃を超えない安定した水温を維持するようにしましょう。
紫外線殺菌灯とプロテインスキマーを使う
次は海水中に浮遊しているビブリオ菌の対策となります。
使用する機材は紫外線殺菌灯とプロテインスキマー。
この2つを併用することで水中に漂うビブリオ菌を大きく除去することができるようになります。
紫外線殺菌灯は水中を浮遊しているビブリオ菌を殺菌します。
ビブリオ菌は増殖速度も速いことから、それに充分対処可能な飼育水槽の水量に対応した循環ポンプと出力(W数)の紫外線殺菌灯を使いましょう。
次に性能の高いプロテインスキマーを併用することで生きている状態のビブリオ菌と、紫外線殺菌灯で殺菌したビブリオ菌の両方を水槽外へ排出します。
プロテインスキマーのマイクロバブルはマイナスに帯電していることから、プラスの電荷を持つ細菌類や有機物を吸着して除去することができます。
プロテインスキマーは浮遊している細菌類以外にもタンパク質をはじめ高分子となった有機物も除去することができるので、紫外線殺菌灯と組み合わせるとお互いの機能を高めることが可能になります。
単純に紫外線殺菌灯のみを使用した場合、殺菌された細菌類や微細藻類の死骸は残ります。
それが新たな栄養分となってビブリオ菌の増殖源や水質を悪化させる原因となることもあります。
そこで紫外線殺菌灯を通過した水はプロテインスキマーの吸い込み口近くに戻るように配することで、殺菌した細菌類の死骸も効率よく除去することができるというわけです。
このように水量に対して充分な性能の紫外線殺菌灯とプロテインスキマーを併用することで、ビブリオ菌の少ない清潔な飼育水を作り上げることができるようになります。
全てのサンゴ水槽にこの組み合わせが必要なわけではありません。
しかし、ミドリイシ水槽でRTNが頻発するようであればビブリオ菌が増殖しやすい環境になっている可能性が高いといえます。
トリートメント水槽など、海水魚やサンゴに栄養を与えつつもビブリオ菌が繁殖しにくい環境を作るにはこのセッティングが適しています。
サンゴのRTNや海水魚のビブリオ病に悩まされている方は、まずこの方法を試してみてください。
残りエサ(余分な有機物)をなるべく出さないようにする
ビブリオ菌は水中の有機物、特にタンパク質と脂質を多く含むものが大好物です。
海水魚やサンゴに与えるエサで食べきれなかった残り餌は、ビブリオ菌をはじめとした好気性の有機物分解菌が分解してエネルギー源とします。
つまり、残りエサが大量に出る水槽はビブリオ菌が非常に増殖しやすい環境といえます。
海水魚やサンゴがビブリオ菌に感染しないように充分に栄養を与える必要はありますが、残りエサがたくさん出てしまうとビブリオ菌を増殖させてしまうことに繋がります。
なるべく残りエサがでないような給餌方法を心掛けましょう。
トリートメントタンクではプロホースやフィッシュレットなどを使い、適宜掃除を行ってください。
ある程度体力がある海水魚やサンゴであっても、ビブリオ菌が大量に増えた水槽では感染してしまう危険性が高まります。それは人間も例外ではなく、例えばライブロックをキュアリングしている水槽やバケツへ「小さな傷がある状態の素手」を入れると腫れたり化膿することがあります。
注意すべきはキュアリング時で、腐敗がひどい場合にライブロック表面へ白い膜が張ることがあります。
この白い膜はビブリオ菌のコロニーとなっているため、素手では扱わず必ず手袋を着けて作業をするようにしましょう。
ビブリオ菌の存在は悪いことばかりではなく、有機物が大量に付いたライブロックのキュアリングに欠かせない重要な分解者でもあります。しかし、数が増えすぎた場合に人間を含む生きた生物にとって危険な存在になることもあるのです。
その性質を理解して対処することで、不慮の事故(感染)のリスクを最小限に抑えることができるということを憶えておきましょう。
バチルス系バクテリア剤を使う
高水温を抑えることでビブリオ菌の活性を抑え、紫外線殺菌灯とプロテインスキマーで水中に漂うビブリオ菌はほぼほぼ対処できるようになります。しかし、まだビブリオ菌は水槽内に残っています。
ライブロックや底砂の上など基質に付着したビブリオ菌がいますが、この基質に固着したビブリオ菌は競合相手となるバチルス菌により抑制することが可能になります。
実際に水産系の研究でも、バチルス菌を応用したプロバイオティクス技術で水産養殖魚や養殖エビをビブリオ菌由来の病気から守るための資材などが開発されています。
アクアリウム用のバクテリア剤でもビブリオ菌を抑制する性質を持ったBacillus pumilusを含んだ製品などもあります。そういったものを使うことで、水槽内のビブリオ菌が過剰に増えないようにする一助になります。
ビブリオ菌は増殖速度が非常に速いことから、競合となるバクテリアだけでは完全に抑制することは困難です。
紫外線殺菌灯などを使用したうえでバチルス系バクテリア剤を併用するなど複数の対処方法を組み合わせることで、ビブリオ菌が引き起こす病気を最小限に抑える環境作りが可能になります。
まとめ
海水魚やサンゴの病原菌としてあまり話題になることが少ないビブリオ菌ですが、海水魚の体表が充血して死んでしまう病気(ビブリオ病)や、サンゴのRTNおよび白化などさまざまな病気に関わっています。
ビブリオ菌は海水中の常在菌であり、他の細菌類に比べて増殖速度が非常に速いため水槽内において根絶させることは実質不可能です。
しかし、ビブリオ菌の病原性は「飼育している生物の健康状態」と「水槽内におけるビブリオ菌の密度」に左右されます。重要なのはビブリオ菌が大量増殖しにくい環境を作ることです。
水槽内に大量に存在してしまうと危険な恐ろしい存在となってしまいますが、環境を整えて大量増殖を抑制できれば有機物の分解者として水槽内における物質循環の一翼を担う存在として機能してくれるでしょう。
ビブリオ菌は危険な隣人ではありますが、同時にリーフタンクにおける微生物バランスや物質循環について深く理解するためのきっかけとなる重要な存在でもあることを憶えておいてください。
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