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マンガンとはどんな物質なのか

マンガン(Mn)は、地殻中に広く分布する金属元素です。
海域によって濃度は異なりますが、海水中にも含まれています。
生物にとっては必須の微量元素であり、植物、動物を問わず、生物の成長や代謝に重要な役割を果たしています。
マンガンは生体内で働く酵素の補因子として使われることが多く、主に細胞内での酸化還元反応、脊椎動物における骨の形成、血糖調節、免疫機能の維持など、多岐にわたる生理機能に関与している元素なのです 。
特に酵素の活性化において重要な役割を持っており、強力な抗酸化酵素であるマンガンスーパーオキシドディスムターゼ(MnSOD)は細胞内の酸化ストレスを軽減する役割を果たし、細胞の健康を維持することが知られています。
また、マンガンは光合成に関与する酵素の活性化にも寄与し、植物や藻類の成長を助けることから、植物用の肥料にもよく配合されています。
このようにマンガンの働きは、その極わずかな一部だけでも動物植物を問わず生物にとっては欠かせない重要な働きを持つ物質なのです。
リーフタンクにおけるマンガンの役割
では、マンガンは水槽内においてはどんな役割を持っているのでしょうか?
代表的なものをいくつか挙げていきます。
強力な抗酸化酵素の合成促進
マンガンは生物の細胞内でマンガンスーパーオキシドディスムターゼ(以下MnSOD)といった強力な抗酸化酵素を合成するための補因子に使われます。

スーパーオキシドディスムターゼ(以下SOD)は結合する金属元素により3グループに分けられます。
マンガンは鉄とともに、そのうちのひとつである「Fe・Mnタイプ」を構成しており、マンガンを中核にしたSODがMnSODです。
MnSODは主にミトコンドリアの電子伝達系で発生する強力な活性酸素種(ROS)の除去に必要な物質であり、好気的代謝を行う生物にとっては欠かせない物質です。

もちろんサンゴにとっても欠かせない存在で、MnSODの合成が促進されることでサンゴの活性酸素耐性が飛躍的に上がります。さらにATP代謝がスムーズに機能することを助け、サンゴの栄養利用効率を高めることにも繋がります。
また、サンゴや藻類以外にも好気性バクテリアの活性化などにも関与しており、水槽内のバクテリアサイクルがスムーズに回る手助けをします。
酸素発生型光合成の促進
マンガンはカルシウムとともに酸素発生複合体(OEC)を構成するクラスターを形成し、水を酸素に分解する反応を触媒することから、酸素発生型光合成の中核を担う重要な物質でもあります。
特に藻類と植物が持つ光化学系II(PSII)において重要な役割を担っています。

水分子を酸素分子と水素イオンに分解する触媒として機能します
つまり、水槽内にマンガンが充分にあることで、褐虫藻を含む酸素発生型光合成を行う藻類が活発化しやすくなります。褐虫藻の光合成効率が上がることによってサンゴへの栄養供給量も増え、結果としてサンゴの代謝と成長が促進されることに繋がります。
また、MnSODによりサンゴの酸化ストレス耐性が上がると同時に、褐虫藻の光合成によって発生する活性酸素への耐性も向上することから、サンゴの細胞内への細菌類の侵入を抑え免疫を向上させることも示唆されています。
活性酸素は細胞を傷つける危険な物質であると同時に、生物の体内に侵入する異物を破壊する効果もあります。
細胞へのダメージを最小限に抑えつつ、同時に免疫を機能させるためには抗酸化酵素と酸素発生複合体を合成する要となるマンガンの存在は欠かせません。
サンゴの熱ストレス軽減
サンゴにとってマンガンは抗酸化酵素MnSODの合成と、褐虫藻の光合成活発化の二軸を支える重要な物質です。
このふたつの機能促進によりサンゴの環境ストレス耐性は飛躍的に向上します。
そして特に重要な点は、サンゴの熱ストレスへの耐性が上がることです。
褐虫藻の光合成に関わる酸素発生複合体(OEC)は熱ストレスの影響を非常に受けやすく、高温に曝されると光合成が阻害され、大量の活性酸素が発生することに繋がります。(光阻害と呼ばれる症状)
これによりサンゴは体内で発生した活性酸素から身を守るために、褐虫藻を吐き出すなどして白化してしまいます。
ところが海水中にマンガンが充分に存在する状況では、サンゴの白化が最小限に抑えられることが実験により確認されています。これはマンガンにより褐虫藻とサンゴ両方の酸化ストレス耐性が上がり、光合成が安全に促進されることでサンゴの代謝も向上した結果、熱ストレスによって生じる細胞の悪影響が軽減されたのではないかと仮説が立てられています。
マンガン添加剤使用によるサンゴへの影響
抗酸化酵素の合成促進や褐虫藻の光合成促進など、マンガンはサンゴに対して多くの重要な効果をもたらします。
しかし、マンガンはあればあるだけサンゴに良い影響が出るわけではありません。
金属元素でもあることから、過剰に存在する場合は過剰症として生物に致命的な影響を与えることもあります。
ここではマンガンを添加することによるサンゴへのメリットと、欠乏症および過剰症について触れていきましょう。
メリット
まずはマンガン添加剤を使用することによるサンゴへのメリットです。
先述のとおりマンガンはサンゴの成長と健康に多くの良い効果をもたらします。
特にLPSにおいては目に見えて効果が出やすく、特にハナガササンゴやアワサンゴなどプランクトンフィーダー的な性質が強いサンゴにおいて効果が出やすいことが確認されています。
主な効果 | 仕組み |
---|---|
酸化ストレス耐性の向上 | MnSOD合成の促進 |
褐虫藻の光合成促進 | 酸素発生複合体の合成促進と安定化 |
サンゴの代謝向上 | 褐虫藻の光合成促進による栄養供給量の増加 |
色素タンパク質合成の促進 | 代謝の活発化による抗酸化酵素の合成促進 |
強光障害(光阻害)の低減 | サンゴの酸化ストレス耐性の向上+褐虫藻の光合成系の安定化 |
欠乏症
マンガンが不足して現れる症状は「抗酸化酵素の合成」と「光合成の効率低下」に起因する症状が主に占めます。
サンゴの抗酸化酵素保有量が低下することによる酸化ストレス耐性の低下と、褐虫藻の光合成による生成物供給量の低下によりサンゴの成長が鈍り、結果として免疫の低下や色素タンパク質の減少などに繋がります。
また、色素タンパク質が減り、酸化ストレス耐性も下がることから強光障害を起こしやすくなることが報告されています。いわゆる強光障害は色素タンパク質と抗酸化酵素の保有量が少ないサンゴにおいて発生率が高くなります。
主な症状 | 原因 |
---|---|
サンゴの成長鈍化 | 褐虫藻の光合成効率低下 |
酸化ストレス耐性の低減 | MnSOD合成量の低下 |
サンゴの免疫低下 | サンゴの酸化ストレス耐性の低下+褐虫藻の光合成効率低下 |
サンゴが色落ちしやすくなる | 色素タンパク質の減少と白化(褐虫藻の離脱) |
強光障害(光阻害)が起きやすくなる | サンゴの酸化ストレス耐性の低下+色素タンパク質の減少 |
過剰による弊害
マンガンは他の重金属元素よりも過剰になりにくい傾向がありますが、生体内では鉄に似た挙動をすることから、鉄に近い過剰症を引き起こすことがあります。
鉄と同様に抗酸化酵素を合成するために必要な物質でありながら、生体内で過剰にあり過ぎると細胞にダメージを与えてしまうことがあります。過剰症が発生すると細胞の代謝異常なども起こり、SPSなど成長の早いハードコーラルでは共肉剥離や骨格形成の異常、LPSでは共肉に黒い染みなどが現れることも報告されています。
海洋生物に対するマンガンの毒性は他の金属元素に比べると中毒を起こしにくく、一般的に1000μg/Lを超えると発現します。しかし、ミドリイシへの毒性実験では「組織脱落に対する急性48時間影響濃度」が700~933 μg/L、推定慢性毒性値に変換すると、危険な毒性値は70~93 μg Mn/Lとの記述があります。
そしてミドリイシでは急性中毒症状として、白化を伴わない共肉剥離が起きることが確認されています。

RTNと違い、共肉が溶けることなく健康なまま剝れていきます
※原因はマンガン過剰のみに限定されません
ミドリイシ本来の生息海域では鉄と同様に、海水中に含まれるマンガンの濃度も著しく下がる傾向にあります。
そのためミドリイシはマンガンへの耐性がLPSよりも低くなり、特に中毒を起こしやすいのではないかと考えられます。
マンガン過剰によるミドリイシの共肉剥離のメカニズムはまだ解明されてはいませんが、「酸化ストレス、免疫抑制、カルシウム干渉、過剰な粘液産生のいずれも毒性メカニズムに寄与している可能性がある」との仮説が立てられています。
リーフタンクへのマンガン添加剤の使用はてきめんな効果が得られやすいですが、SPSとLPSが混在している水槽では過剰添加によるミドリイシへの影響が特に懸念されます。
水槽内でのマンガン濃度はおおよその目安として5μg/Lを上限とし、それを超えない管理を行いましょう。
マンガン中毒によるミドリイシの共肉剥離は、前兆として粘液の過剰産出が起こることが報告されています。
添加剤使用後に過剰症と思われる症状が出てしまったら、すぐに水換えを行い、適切な濃度に戻してください。
さらにミドリイシよりも高いマンガン濃度を好むLPSにおいても、共肉に過剰症と思われる黒いシミが現れることが水槽内で確認されています。
また、鉄と同様に藻類も活発化させる元素でもあるため、栄養塩が高い環境では藻類の成長を促進させてしまい、コケの大発生に繋がるリスクもあります。特にシアノバクテリアが高マンガン環境を好むという報告もあります。
現状で確認されている+懸念されるマンガンの過剰症は主に下記の3項目が挙げられます。
主な弊害 | 詳細 |
---|---|
ミドリイシの共肉剥離(急性中毒) | 急性中毒:700~933 μg Mn/L以上 慢性中毒:70~93 μg Mn/L以上 |
LPSの代謝異常 | 骨格形成の異常、共肉の黒ずみ、過剰な粘液生産、免疫低下など |
藻類(シアノバクテリア)の増殖 | シアノバクテリアはマンガンが高濃度な環境を好む |
マンガン添加剤を使用する際は、過剰添加になってしまわないよう、サンゴの調子をしっかり観察しながら行いましょう。
リーフタンクにおけるマンガンの役割 まとめ
マンガンはリーフタンク内で重要な微量元素であり、サンゴの成長、ストレス耐性、免疫機能の強化に寄与します。適切なマンガンの供給は、サンゴの健康と成長をサポートし、リーフタンクにおいては重要なポイントとなります。
しかし、欠乏だけでなく過剰に添加してしまってもサンゴに悪影響を与える可能性があります。
マンガンの添加剤はサンゴに対して目に見えるメリットがあり、過剰症が出にくいという特徴もありますが、かといって過剰に入れすぎてしまってもいいものではありません。
どんな添加剤にも言えることですが、良い結果が得られやすいものであっても入れすぎてしまうと中毒症状を引き起こし、逆にサンゴを死なせてしまうことに繋がります。
使用するにあたっては水槽内のマンガン濃度を把握し、適切な範囲内に使用量を留めるようにしましょう。
水槽内における適切なマンガン濃度 ※ICP-OESでの分析 |
0.1~5μg/Lの範囲内 |
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