リーフタンクにおけるカルシウムの役割

リーフタンクにおいて、カルシウムはサンゴの骨格形成に不可欠な元素です。

特にハードコーラルを飼育する場合、骨格を形成させるための材料として欠かすことのできない存在です。
さらに水槽内での役割はそれだけではありません。

pHをはじめとした水質を安定化させるなど、さまざまな役割を担っています。
この記事では、リーフタンクにおけるカルシウムの役割について解説します。

カルシウムとはどんな物質なのか

純度99%の金属カルシウム
反応性が高いため気中の酸素と反応して表面が黒っぽくなっています

カルシウム(Ca)は原子番号20のアルカリ土類金属で、単体では銀白色の柔らかい金属です。

カルシウムが含まれるアルカリ土類金属は、カリウムやナトリウムなどのアルカリ金属ほどではありませんが、空気中の酸素や水と激しく反応する性質をもち、自然界において単体ではほとんど存在していません。

そのため、海水中にはさまざまな形の化合物として含まれています。

海水に含まれる元素としては5番目に多い主要元素であり、平均的な海水(塩分約35‰)には約 410 mg/L(ppm) のカルシウムイオン(Ca²⁺)が含まれています。

これは海水に含まれる全塩分の  1.2%の量となります。
塩分の主成分であるナトリウム(Na⁺)や塩素(Cl⁻)に比べると少ないですが、他の微量元素に比べるとはるかに大量のイオンが溶け込んでおり、海中の生物にとっては非常に重要な役割を果たしています。

また、カルシウムは地球上の多くの生物にとって不可欠なミネラルであり、骨や歯の形成のほか、筋肉の収縮、神経伝達、細胞のシグナル伝達などに関与しています。

私たちヒトを含む陸上生物では、カルシウムは主に骨格の構成要素としておなじみではありますが、それは海洋生物においても同様で、サンゴの骨格など、体組織を構成する重要な物質として働きます。

カルシウムはサンゴをはじめとした海の生物達にとっても、切っても切れない重要な存在なのです。

リーフタンクにおけるカルシウムの役割

海水水槽におけるカルシウムは主に2つの役割があります。

ひとつはサンゴの骨格形成の材料として。
もうひとつはpHとKHに関わる水質維持の要素です。

ここでは、そのふたつについて触れていきましょう。

ハードコーラル(造礁サンゴ)の骨格形成

ハードコーラルは、海水中の炭酸塩とカルシウムイオンを吸収して体内で「アラゴナイト型炭酸カルシウム(CaCO₃)」を生成し、それを用いて硬い骨格を形成します。

ミドリイシの骨格】
アラゴナイト結晶型炭酸カルシウムを主成分としています

サンゴが死ぬと骨格が残り、その上に新しいサンゴが着生し、骨格を積み上げていきます。
この骨格が積み重なることで、サンゴ礁という地形が長い年月をかけて形成されます。

【フロリダ石灰岩(マルコロック)】
サンゴの死骸(骨格)が堆積して形成された石灰岩です

ライブロックはこのサンゴの骨格に様々な海中の生物が付着したもので、残されたサンゴの骨格も海中の生物を育む重要な生息場所として機能することになります。

そうしたサンゴの営みが重なっていくことで、サンゴ礁の構造が拡大していくのです。

さらにサンゴの骨格が波などの浸食により、細かく砕かれてサンゴ石やサンゴ砂へと形を変えていきます。
このようにしてサンゴによって形成された炭酸カルシウム=アラゴナイトはさまざまな形へ姿を変えていきます。

こうした環境そのものを形作っていく役割を持つことから、ハードコーラルは造礁サンゴという名称でも呼ばれています。

サンゴの骨格が砕けて作られたサンゴ石とサンゴ砂

また、ハードコーラル(造礁サンゴ)の骨格形成は、単なる構造的な役割にとどまらず、サンゴの代謝活動とも密接に関係しています。

骨格がスムーズに形成されることは、サンゴが健康に成長するための重要な要素であり、適切な骨格形成によって、サンゴは安定した代謝を維持しながら成長することが可能になります。

サンゴ体内でカルシウムが関わる代謝の主な例

一部ではありますが、このようにカルシウムは骨格形成そのもの以外にもサンゴの活動に関わっています。

特に、成長速度の速いミドリイシ類などのサンゴでは、骨格形成の質がそのまま成長の健全性に直結するため、より重要な要素となります。

そして、サンゴの骨格形成は海水のpHや栄養塩(特にリン酸塩)の影響を受けやすく、健全な骨格形成を行うには海水のpHを適切な数値に保つことと、リン酸塩の濃度をサンゴの種類に応じて低く保つことが必要になります。

リン酸によるサンゴの骨格形成への影響

リン酸塩による骨格形成への影響は、サンゴの種類によってその多寡が変わります。

元々リンが枯渇しやすい清浄な海域に生息する、成長の早いミドリイシは特に影響を受けやすく、海水中のリン酸塩濃度が高いと、骨格の形成阻害が起こりやすい傾向が顕著です。
※リン酸が炭酸カルシウムと結合してリン酸カルシウムになってしまうため

成長が早いミドリイシはリン酸塩による骨格形成阻害が出やすい傾向があります

一方で、中栄養海域に多く生息し骨格の形成も比較的ゆっくりと進むLPSでは、骨格形成に極端な影響が出にくい傾向があります。むしろ健全な共肉の形成には適度なリンが必要となります。

また、リン酸はサンゴの骨格以外でもカルシウムと結合しやすい性質を持っていることから、サンゴ砂やカルシウムサンドとも結合しやすいということを把握しておきましょう。この性質を上手く使えば水中のリン酸塩を吸着させることも可能となります。

リン酸過剰とリン酸欠乏による影響は、それぞれ別記事で解説しておりますので、気になる方はこちらも併せてお読みください。

pHによるサンゴの骨格形成への影響

次に、SPSとLPS問わずハードコーラル全般の骨格形成に関わる重要な要素がpHで、このpHが下がるとアラゴナイト型炭酸カルシウムの形成に影響が出てしまいます。

具体的にはpHが8以上、8.2~8.6ほどを保てているのが理想的です。

海水のpHと造礁サンゴの石灰化率の関係

海水のpHが下がり、サンゴの石灰化が阻害される事態になると、多くのサンゴにとって致命的な環境となってしまいます。これが自然の海で起きた場合は、海洋酸性化と呼ばれる現象となります。

そのため、水槽内でもハードコーラルを飼育するときには、カルシウムの値とKH、そしてpHの関係を把握しておくことが大切なのです。

海水中のpHを下げる要因はいくつかありますが、水槽内においては溶存CO₂硝酸カルシウムがその最たるものとなります。これらについては次項で触れていきます。

水質(pH)の安定化

カルシウムはアルカリ度(KH)と密接に関係しており、水槽内のpH安定に寄与します。

通常はKHの値が高いほど、炭酸水素カルシウムの量も多く含まれています。
※添加剤の種類により変わることがあります。

そして、このKHの値が高いほど硝酸イオンなどの酸性物質を中和してくれる量が高まることになります。

海水魚中心の水槽などでpHが8を下回る場合は、たいていKHとカルシウム濃度が低いことが多く見られます。

下記の表から、pHを下げるカルシウム化合物は、水溶性が高く弱酸性(pH6前後)となる硝酸カルシウムとなります。海水魚が多い水槽では、この硝酸カルシウムが増えやすい傾向があり、pHが8よりも下がることになります。

海水魚中心の水槽でpHを8以上に上げるためには、適度な換水を行うか、カルシウムが多く配合された人工海水を使用し、カルシウムとKHを上げることが必要となります。

海水魚用にCaが強化配合された人工海水
サンゴ用にCaMgKHが強化された人工海水

カルシウムやKHの強化配合がされていないプレーンな人工海水では、炭酸水素カルシウム濃度を上げるアラゴナイト系のカルシウム添加剤の使用も効果的です。

サンゴの骨格由来のアラゴナイトを使用したカルシウム添加剤には、炭酸カルシウムであるアラゴナイトの他に、マグネシウムやストロンチウム、バリウムといったサンゴが骨格を形成するために使う元素がバランスよく含まれています。

ビギナーでも使いやすいアラゴナイト系Ca添加剤

また、海水に溶けたCO₂によるpH低下が起こっている場合は、炭酸水素カルシウムでは緩衝作用が充分に働かないため、カルクワッサーなどCO₂と反応する水酸化カルシウムの添加剤が必要となります。

水酸化カルシウムを主体としたカルクワッサーは中~上級者向けの添加剤です


ただし、水酸化カルシウムは強アルカリの物質(pH12前後)となるため、pHを大幅に上げてしまう作用があります。この点から、ビギナーにはやや取り扱いが難しくなるため、使用時は注意しましょう。

カルシウム添加剤の種類と使い方については別記事で解説を予定しています。
今回はあくまでカルシウム化合物の種類により、pHとKHを変化させる性質があるという点を押さえておきましょう。

カルシウムによるサンゴへの影響

海水水槽中にけるカルシウムの基本的性質を把握したら、次は適切な数値についてです。
基準量と、過剰および不足時の影響についても触れておきましょう。

カルシウムの基準量

リーフタンクにおける理想的なカルシウム濃度は400〜470ppmです。
自然海水の平均値(約410ppm)を基準に、サンゴの種類や成長速度、飼育水のpHの状況などに応じて調整します。

基本的な管理としては、基準値内を保てるように定期的な計測を行い、減った量に応じて添加量を増やすなどして調整してください。多すぎても少なすぎてもいけません。適切な量を維持することが大切です。

また、海水中のイオンバランスの観点からマグネシウムとの比率は【Ca】1に対して【Mg】3~3.5程度を保てるようにします。おおまかには【Ca】1:3【Mg】ほどを目安としていただければ問題ありません。

このバランスが崩れるとKHとpHとのバランスも崩れることになり、サンゴによる元素の吸収率低下などの弊害を引き起こします。※カルシウムに対してマグネシウムの量が不足した場合、カルシウムイオンの炭酸化と沈殿が進み、添加しているはずなのにカルシウムイオンの量が減ってしまうという現象が起きることがあります。

カルシウムを添加するときはマグネシウムとの量的バランスも常に考慮するようにしましょう。

カルシウム濃度の基準範囲400〜470ppm
マグネシウム濃度の基準範囲1350~1450 ppm
マグネシウムとの比率【Ca】1:3〜3.5【Mg】

欠乏症

カルシウムは他の微量元素と比べて海水中に豊富に存在しているため、通常は枯渇する心配はほとんどありません。

しかし、サンゴは骨格形成の過程でカルシウムと同時に炭酸塩も消費するため、両者の濃度は連動して低下します。特にミドリイシの仲間は成長が速く、カルシウムと炭酸塩(KH)の消費量が多い傾向が顕著です。

カルシウムとKHが急激に減少すると、水槽内のpHが不安定になりやすくなり、結果としてサンゴに対する環境ストレスが増加します。

KHの変動に比較的強いLPSであれば、大きな問題にはなりにくい傾向があります。しかし、KHの変動に敏感なミドリイシなどでは、環境ストレスによって色の褪せや成長不良などの弊害が生じる可能性が増大してしまいます。

そのため、ミドリイシを中心に飼育している水槽では、KHとカルシウム濃度を安定的に維持することが非常に重要です。ドーシングポンプやカルシウムリアクターを活用し、これらの数値を一定に保つように管理しましょう。

一方で、LPSやソフトコーラルが中心となる水槽では、KHやカルシウムの管理をそれほど厳密に行わなくても、大きな問題が生じることは少ない傾向があります。

過剰による弊害

カルシウムを過剰に添加すると、KHとのバランスが崩れ、pHが8.6以上に上がり過ぎてしまうなどの弊害が起こります。それ以外にもさまざまな弊害が起こることになります。

代表的な弊害を挙げていきます。

炭酸塩硬度(KH)とのバランス崩壊
カルシウム濃度が500 ppmを超えると、KHが低下する傾向があると報告されています。
これは、カルシウムイオンと炭酸塩が結合して沈殿しやすくなるためで、水酸化カルシウムの添加剤で起こりやすい傾向があり、他の炭酸塩(炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素マグネシウム)から炭酸イオンを奪って結合沈殿してしまいます。

沈殿による白濁や機器への影響
過剰なカルシウムイオンは上記のとおり炭酸イオンと結合することで炭酸カルシウムとして沈殿し、過剰に添加すると飼育水を白濁させます。これによりKHやpHの急変を招いてサンゴへの環境ストレス増大や、ヒーター・ポンプなどの機器にスケール(石灰質の付着)を引き起こす可能性があります。

微量元素の吸収阻害
サンゴは骨格を形成するとき、カルシウム以外の骨格形成元素もバランスよく取り込む必要があります。
カルシウムのみが過剰となってしまうとマグネシウムやストロンチウムなどの元素吸収が妨げられることがあり、サンゴの成長に悪影響を及ぼす可能性があります 。

pHの急変と水槽崩壊
カルクワッサーなど水酸化カルシウムを含む添加剤使用時、過剰添加によりpHの急上昇を引き起こすことがあります。急激なpHの上昇は海水魚に致命的なダメージを与え、サンゴにも多大な環境ストレスを与えてしまいます。
水槽が崩壊してしまう恐れがあるため、絶対に過剰添加をしてはいけません。

カルシウム過剰による弊害にはこのようなものがあります。
カルシウムは不足した場合にはpHやKHの不安定化を引き起こし、過剰な場合は最悪水槽崩壊に繋がる危険性もありますので、これらの点を留意しておきましょう。

こうしたカルシウム過剰による弊害は、特にカルクワッサー(水酸化カルシウム)使用時に起こりやすい傾向があります。そのため、カルクワッサーの使用は水槽内の元素バランスや化学的挙動を理解している中~上級者向けの手法といえるでしょう。

一方で、サンゴの骨格と同じ元素比率を持つアラゴナイト系カルシウム添加剤ではイオンバランスの急変を招きにくく、初心者でも安心して使える添加剤といえます。

基準となる目安としては自然の海水に含まれる量の近辺を保ち、他の元素とのイオンバランスを保つことが大切なのです。

リーフタンクにおけるカルシウムの役割 まとめ

リーフタンクにおいて、カルシウムはサンゴの骨格形成と代謝に欠かせない重要な元素です。
それだけでなく、pHやKH(炭酸塩硬度)とも深く関係しており、水質を安定させるためにも大切な役割を果たします。

カルシウムの量は、多すぎても少なすぎても水槽環境に悪影響を与えるため、適切な濃度を保つことが重要です。
サンゴ飼育を成功させるには、自然の海水に近い元素バランスを意識することがポイントです。

また、カルシウムやその化合物の性質を理解することで、水質管理がぐっと楽になります。
基本を押さえておけば、安定した環境づくりも難しくありません。

この記事が、サンゴ水槽における水質管理に少しでもお役に立てれば幸いです。

今回はカルシウムの基本的な性質についてご紹介しましたが、今後は添加剤の使い方やサンゴの種類別の運用方法なども、別の記事で詳しく解説していく予定です。

CORALROOM Writer R

ライフワークはアクアリウムの仕組みを紐解いていくこと。 リーフタンクの生態系をミクロフローラとケミカルサイクルの要素からも解説します。

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