数多の製品が販売されている人工海水。
その種類数はとても多く、どの人工海水を使えばいいのか迷ってしまった方も多いのではないでしょうか。
実は製品ごとに特長があり、適した使い方もそれぞれ違います。
今回は人工海水の製品別の特長と使い方の目安について触れていきます。
人工海水とは?
人工海水とは文字通り、海水の成分組成を人工的に配合して再現したものです。
海水の成分は塩化ナトリウムのみで構成される食塩と違い、さまざまな無機元素が含まれています。
海水には非常に多くの無機元素が溶け込んでいるため、海の生物を飼育するには塩化ナトリウムだけでは不可能です。しかし、海から離れた場所では海水を運ぶだけでも非常に大きな手間とコストがかかります。
そこで、海から離れた内陸部でも海の生物が飼育できるように開発されたのが人工海水なのです。
人工海水のタイプ
人工海水には製品ごとにいくつかの特徴があります。
基本となるものは無機元素をベースとして海水の元素組成に近づけたものですが、近年ではアミノ酸などの有機質が配合された製品も販売されるようになりました。
製品ごとにそれぞれ特長が違いますが、それを活かすためには特徴をしっかりと把握しておくことが大切です。
それぞれの特徴と違いについて説明していきましょう。
無機元素ベース型人工海水
まずは基本となる無機元素ベースのものから。
原料には無機の元素のみを使用し、天然の海水に近い組成で配合されている製品が中心となっています。
有機質は含んでいないことからクセがなく使いやすい人工海水です。
安価でコストパフォーマンスの高い製品も多いことから水換えで水質維持を行うビギナーはもちろん、添加剤の性質を理解し使いこなせるハイマニアまで幅広く対応できるのが無機元素ベース型の人工海水です。
スタンダード型 |
海水魚中心の水槽からサンゴ水槽まで幅広く対応できる人工海水です。
基本は海水と同じ元素組成となっていますが、pHが安定しやすい配合となっているのが特徴です。
そつなく使えるのが最大の特徴ではありますが、飼育する生体に応じて添加剤の使用が必要になることもあります。KH(炭酸塩)の消耗が激しいSPS中心のリーフタンクや、pHが低下しやすい海水魚中心の水槽ではKHやカルシウムの添加剤を使用するなどして補いましょう。
用途としてはひと通りの海水生物の飼育が可能なジェネラリスト型の製品が多く、ビギナーから添加剤を使いこなせる上級者まで幅広く対応している人工海水です。
使用する人工海水に迷ったときはこのタイプを使いましょう。
特徴 | ・天然海水に近い元素組成でクセがなく使いやすい。 ・天然海水とくらべてpHが安定しやすい配合になっている。 ・KHは6~9が多い。 ・特別な調整がなくても一般的な海生生物の飼育がひととおり可能。 |
向いている水槽 | ・海水魚中心の水槽 ・サンゴ水槽 ・一般的な海の生物全般 |
使用にあたってのポイント | 特殊な生物の飼育には、添加剤などで不足分を補う必要が出てくる。 |
カルシウム強化型 |
海水魚中心のコミュニティタンクを想定してpHが低下しにくい配合にされている人工海水です。
硝酸塩やリン酸塩といった栄養塩によるpH低下を抑えるためにカルシウムが強化配合されており、pHとKHが高めの設定になっています。
チョウチョウウオやヤッコ、クマノミなど海水魚を中心に飼育している水槽でpHが7台にまで下がってしまうようであれば、カルシウム強化型の人工海水を使うことでph8台まで上げることが可能です。
使用におけるポイントは、1度の水換え量を多くても1/3~1/4程度に収めること。
海水魚が多い水槽で長期間(1か月以上)水換えを行わない水槽の場合、pHが7台にまで下がっていることがあります。そのような水槽で一度に多くの換水をしてしまうと水質変化にデリケートな深場の海水魚などはpHショックを起こしてしまう可能性があるため注意しましょう。
※浅場の水質変化に強い海水魚ではあまり心配はありません。
水換えの期間が大きく開いてしまったときは、事前にpHメーターで本水槽のpHを確認してから水換えを行うことをお勧めします。本水槽の海水と新しく水に溶かした人工海水でpHに開きがある場合は、一度に大量水換えをしてしまうのではなく少量ずつ水換えを行い徐々にpHを上げるようにします。
特徴 | ・海水魚中心の水槽でもpHを高め(8台)で安定させるためにカルシウムが強化配合されている |
向いている水槽 | ・海水魚の数が多く、pHが下がりやすいコミュニティタンク ・大型海水魚、肉食海水魚中心の水槽 ・pHが8を切って7台になってしまう水槽 ・ハードコーラル水槽 |
使用にあたってのポイント | ・換水期間が開いた場合に、一度に大量の換水をしない。 ・水換え前に本水槽のpHを確認する。 |
RO水 / DI水(純水)用 |
RO水(逆浸透膜処理水)やDI水(イオン交換処理水)といった純水の使用を前提とした人工海水もあります。
「ヴィーソルト」はサンゴ(褐虫藻)や海藻といった光合成を行う生物の飼育に特化したKHが高めの配合となっており、その性能を最大限に活かすためにRO水やDI水などで溶かすことを前提とした製品です。
水道水での使用も可能ではありますが、その場合は水道水に含まれる重金属元素を無害化する専用のマスキング剤の使用が推奨されています。
特徴 | ・サンゴや海藻など光合成を行う生物の飼育に向いている。 |
向いている水槽 | ・サンゴ水槽(好日性サンゴ全般) ・育成重視のフラグサンゴ水槽 ・海藻水槽 |
使用にあたってのポイント | ・水道水で溶かす場合にはマスキング剤と合わせて使用する。 ・KHが高めになっているので硝酸塩とリン酸塩の濃度が上がるとコケが出やすくなることがある。 |
ローコストタイプ |
人工海水の使用量が多いヘビーユーザー向けのコストパフォーマンスに優れた人工海水。
組成は天然海水に近い配合となっているため、安心してひと通りの海水生物の飼育が可能です。
市販されている人工海水で該当する製品はカミハタの「海塩」などがあります。
基本的には海の生きもの全てに使える人工海水ではありますが、KHも天然海水(表層水)に近い数値(KH5~6)であることから「海水魚が多い水槽」や「大型魚の水槽」、「ハードコーラル中心のリーフタンク」などで使用する場合には添加剤で水質を調整できるノウハウが必要になります。
添加剤を使用しない場合は小まめな水換えで対応しましょう。
どちらかといえばビギナー向けというよりも、ある程度海水魚やサンゴの飼育に慣れ水質をコントロールできるようになった中級者以上向けの製品といえます。
また、コストパフォーマンスに優れることから活魚水槽など一時的に海水魚を生かしておくための水槽での使用にも適しています。
特徴 | ・天然海水に近い組成でローコストな人工海水。 |
向いている水槽 | ・大型の海水水槽 ・活魚水槽 ・あらゆる海水水槽(※添加剤の性質を理解している中~上級者向け) |
使用にあたってのポイント | ・天然海水とほぼ同じKHのため、添加剤で別途補う必要がある。 ・添加剤を使わない場合は、小まめな水換えで対応する。 |
研究機関向け |
元々はホビーとしてのアクアリウム用ではなく、水産用の高品質人工海水として開発された製品です。
「レイシ―マリン」はロート製薬がウニやナマコといった無脊椎動物の陸上養殖向けに開発したロートマリンという製品を前身としています。強力な緩衝作用を持ちpHの安定性に優れた配合となっているため、急激な水質変化を嫌う無脊椎動物の飼育に特化した製品です。
その品質と信頼性の高さから企業や大学の研究室などでも使われています。
特徴 | ・強力な緩衝作用によりpHの上下変動を抑えるため、サンゴを含めた飼育難易度の高い無脊椎動物の飼育に適している。 |
向いている水槽 | ・深場系ミドリイシなど水質の変化を嫌うサンゴ水槽 ・飼育難易度の高い海水魚水槽 ・クラゲ、頭足類、棘皮動物など飼育の難しい無脊椎動物の飼育水槽 |
使用にあたってのポイント | ・欠点が見つからないほど品質が高いが、ランニングコストも高め。 |
ハードコーラル向け人工海水
無機元素ベースの人工海水に含まれる元素で、ハードコーラルが必要とするものを強化した人工海水です。
主にサンゴ(ハードコーラル)向けに設計されているものが多く、KH、カルシウム、マグネシウムが高い数値となる配合になっています。それ以外にも骨格形成に使われるストロンチウムなどの微量元素も強化されており、ハードコーラルの中でも成長が早く元素の消費量も大きいミドリイシなどのSPS水槽に向いた配合となっています。
最大のメリットは、添加剤の使用に頼らなくても換水だけでSPSの飼育が可能となることです。
添加剤を使わずに換水のみでSPSの飼育を行う場合は、「短い間隔(2~3日に1回を目安)で水槽容量の1/8~1/10量程度の少量換水」が推奨となります。
SPS特化型(高KH型) |
レッドシー コーラルプロソルト | アクアリウムシステムズ リーフクリスタル |
KH:12dKH | KH:13dKH |
ハードコーラルでもミドリイシなどのSPSに特化した配合となっている人工海水です。
このタイプは主にKH、カルシウム、マグネシウム、ストロンチウムが強化された配合になっています。
おおよそ平均してKHが12~13dKHと高めになっているので、KHが低めの水槽で使うには一度に大量換水するのではなく少量ずつ水換えして徐々にサンゴを慣らしていきます。
KHの値が高いことで褐虫藻を含む藻類の光合成が促進されることから、サンゴの成長を優先としたリーフタンクの他に海藻水槽での使用にも適しています。
使用における注意点として、硝酸塩やリン酸塩の数値が高い水槽に使うとコケの発生を促進させてしまう可能性があります。KHを上げるのであれば、硝酸塩やリン酸塩の数値をなるべく低く保つように心がけましょう。
※硝酸塩とリン酸塩の数値が0になるのも望ましくはありません。
特徴 | ・ハードコーラルの骨格を形成する基礎成分(KH、カルシウム、マグネシウム、ストロンチウムなど)が強化されている。 ・KHが高いので褐虫藻や海藻の光合成が促進される。 |
向いている水槽 | ・成長を優先にしたハードコーラル水槽 ・SPS中心のリーフタンク ・海藻水槽 |
使用にあたってのポイント | ・使用する人工海水を変更する際はKHの変化に注意。 ・硝酸塩とリン酸塩の数値が高い水槽に使うとコケが出やすくなることがある。 |
微量元素強化型 |
トロピックマリン PRO-REEF シーソルト | アクアフォレスト REEF SALT+ |
KH:8dKH | KH:11dKH |
前者に比較してKHはあまり高くないタイプの人工海水です。
平均的なKHは8~11ほどで、サンゴ中心のリーフタンクであまりKHを上げたくないときに向いています。
KHはそれほど高くなくても、骨格の基礎成分(カルシウム、マグネシウム、ストロンチウム)以外のサンゴが基礎代謝に必要とする微量元素もしっかりとカバーしていることから色揚げに対する効果も期待できます。
KHが高くなりすぎないことからSPSの色揚げだけでなく、中栄養気味の水質が望ましいLPS中心のリーフタンクにも向いています。
特徴 | ・骨格の基礎成分以外にもサンゴが必要とする微量元素が広く配合されている。 ・KHが高くないものはLPS~SPSまで幅広く使える。 |
向いている水槽 | ・サンゴの色揚げを重視したリーフタンク ・LPS中心のリーフタンク ・海藻水槽 |
使用にあたってのポイント | ・成長の早いSPSや海藻が入っている水槽では小まめにKHをチェックする。 |
有機物配合型人工海水
高品質で専門性の高い人工海水です。
サンゴを含むさまざまな無脊椎動物の飼育に特化した設計がされており、アミノ酸をはじめとした有機質など特殊な成分が配合されたものが多いことから高額な製品が多くなります。
その特徴は製品ごとに異なるため、使用目的に応じて使い分ける必要があります。
製品ごとの特長をしっかりと把握して使用することで添加剤の使用を抑えることもできることから、結果的にスタンダードな人工海水よりもランニングコストを抑えることも可能です。
運用方法も含めれば上級者向けな製品ともいえますが、適切な使用をすることでビギナーにとっても強い味方となってくれるのが有機物配合型の人工海水といえます。
アミノ酸+ビタミン(水溶性有機物)配合型 |
サンゴが必要とする水溶性のアミノ酸とビタミン(主にB類)が配合されている人工海水です。
天然海水には無機成分の他にプランクトン由来の有機物も含まれていますが、本タイプはそれを人工的に配合して再現した人工海水となることから実質的に最も天然海水に近い人工海水ともいえます。
含有されているアミノ酸やビタミンがサンゴの成長と色揚げを促進させる手助けとなるので、光合成だけでは栄養が不足しがちなLPSやイソギンチャクの飼育にも適しています。
使用にあたっては、既にバクテリアが機能し状態良く立ち上がっているリーフタンクでの使用が推奨です。
サンゴが吸収しきれなかったアミノ酸やビタミンは水中のバクテリアの栄養源になることから、バクテリアのバランスを健全に保つためにも性能の高いプロテインスキマーの併用が欠かせません。
水槽立ち上げ時に使う場合は立ち上げ時に水槽内の細菌叢を考慮し、ビブリオ属細菌を抑制する働きのあるバチルス属細菌を中心とした有機物分解バクテリア剤の併用もお勧めです。
保管上の注意点として、アミノ酸やビタミンが含まれていることから湿気を吸ってしまうと急速に劣化が進みます。
必ず気密性の高い密閉容器に収容し、乾燥剤を中に入れて保管するようにしましょう。
特徴 | ・サンゴの成長、色揚げ促進のためのアミノ酸とビタミンが配合されている。 |
向いている水槽 | ・SPS中心のリーフタンク(色揚げ重視) ・LPS中心のリーフタンク ・マメスナギンチャクなどのソフトコーラル中心のリーフタンク ・フラグサンゴ水槽 ・イソギンチャク中心の水槽 |
使用にあたってのポイント | ・バクテリアも活性されるため、強力なプロテインスキマーの使用が推奨。 ・バチルス属細菌を含む有機物分解バクテリア剤の併用も効果的。 ・湿気が侵入しない密閉容器での保管が必要。 |
人工マリンスノー(不溶性有機物)配合型 |
「トロピックマリン BIO-ACTIF シーソルト」 はバクテリアの炭素源となる特殊な高分子バイオポリマーが配合されています。これはマリンスノーを再現したもので有用な嫌気性バクテリアの炭素源となるほか、スポンジなどのろ過食性の無脊椎動物のエサにもなります。
このバイオポリマーの機能を最大限に活かすためには表面に付着して徐々に分解していく有用なバクテリアの存在が欠かせません。水換えのタイミングで脱窒菌やバチルス属細菌などの通性嫌気性細菌を主体としたバクテリア剤の併用がお勧めです。
特徴 | ・バクテリアの炭素源となるバイオポリマーを配合。 ・有用な嫌気性バクテリアを活発化させる。 |
向いている水槽 | ・SPS中心のリーフタンク ・LPS中心のリーフタンク ・ソフトコーラル中心のリーフタンク ・ヤギなどのポリプが小さい陰日性サンゴ水槽 ・スポンジ、ウミシダ、ケヤリ、ホヤなどデトリタス食性の無脊椎動物 |
使用にあたってのポイント | ・バイオポリマーの機能を最大限に生かすには脱窒菌やバチルス菌などの通性嫌気性バクテリア剤との併用が推奨。 |
パッケージ容器による使い分け
バケツなどのハードケースに入っているものと、袋や箱入りのものがあります。
これらも用途に応じて選びます。
小袋入りのものはなるべく1回で使い切れるものを選びましょう。
はじめて人工海水を購入する方はハードケース(通称:バケツ)入りのものがおすすめです。
人工海水は空気中の水分を吸収してしまう性質(潮解性)を持っており、湿ってしまうと品質が劣化してしまいます。
人工海水のハードケースはフタが密閉できる構造になっており、外気が入りにくい構造になっています。
この容器に収容して乾燥剤を入れておくことで長期の保管が可能になります。
袋売りの人工海水は小さいパッケージなら1回で使い切ることができますが、1度開封したものはこれらのバケツに移して保管するようにしましょう。
人工海水の保管も非常に重要な要素です。
湿気を吸ってしまうと人工海水の品質が劣化してしまいます。
パッケージ開封後の保管方法については別記事で解説していますので、こちらも併せてご覧ください。
まとめ
このように人工海水にはスタンダードなものから特殊な用途に向いたものまでさまざまな製品があります。
ひと通りの海の生物が飼えるものから、サンゴやその他の無脊椎動物など特定の生物の飼育に特化したものなどもあり、その特徴を活かすためには飼育する生物の種類や水槽システムに合わせた選択と使い方が重要になります。
人工海水を選ぶときは「何の成分がどのくらい配合されているか?」を必ず確認しましょう。
物質 | 主な作用 |
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KH(炭酸塩) | ・pH緩衝作用(pHの下がり過ぎ、上がり過ぎを抑えて安定させる) ・藻類(褐虫藻、海藻)の炭酸源。光合成の促進。 ・ハードコーラルの骨格基礎成分 |
カルシウム | ・pH上昇作用 ・ハードコーラルの骨格基礎成分 |
マグネシウム | ・pH上昇作用 ・ハードコーラルの骨格基礎成分 ・藻類のクロロフィル合成 |
微量元素 | ・ハードコーラルの骨格基礎成分(ストロンチウム) ・サンゴの代謝に必要(ヨウ素、鉄、カリウム) ・海藻の栄養分(カリウム、鉄、ヨウ素など) ・サンゴの色揚げ(蛍光タンパク質の合成) |
人工海水はリーフタンクを含めたマリンアクアリウムの最も基礎の部分です。
それだけに、含まれる成分がどのような作用を持つのかを把握しておくことが大切です。
それぞれの元素の働きや天然海水についても解説を予定しています。
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